8cmヒールでも、スニーカーを履いているように走ることが出来る私は、合コン場所のレストランまで走って、走って、走りまくって、なんとか開始時刻から三十分以内の遅刻ですんだ。

 「ご、ごめん。遅れちゃって……はあ、はあ」
 「ほら、お水」

 マラソンの給水係のようにグッドなタイミングで、合コンをセッティングした斎藤弥生(さいとうやよい)が、私に水の入ったコップを渡した。一気に水を飲み干して一息つく。
薄手のジャケットが必要な季節 になっていたが、走った私の額にはうっすらと汗が滲んでいる。

 「遅れてすみません」

 走って乱れたうなじのおくれ髪を、撫でつけながら鼻にかかった甘い声を、最大限に活用して挨拶をする。

 向かい合わせに座っている男達は三人で、女子も三人の黄金比。私が男を吟味していると同じように、向こうも私を見ている。顔は弥生が集めただけ合って上級クラス、頭もよさそうだけど、身長はどうだろう。絶対に私より高い男がいい。顔を見る限り、身長が高そうな男は一人いればいいと見た。

 女子側は大学の同級生を集め、男子は会社の同期ということだった。同い年、いいじゃないよ。
弥生と高木マコは同じ学部の同級生。合コンと言えばこの二人を外せないと言うほどで、女と男のセレクトは抜群、合コンを開催すると話を持ち掛けると、参加者枠に女子が殺到した。もちろん私は、特別枠で無抽選参加だった。

 最近マコに彼氏が出来て、今回の合コン参加は渋ったけれど、干からびて行く私を見るに見かねて協力をしてくれた。マコのためにもなんとしても彼氏を作らないといけない。彼氏までとは言わないけど、せめてアドレスの交換までは持って行きたい。

 「じゃあ、揃ったところでメンバーを紹介するね。営業、広報、商品開発の部門から選出したメンズ達です!」

 弥生がどうだと言わんばかりに、両手を広げて男を紹介する。男達三人は一斉に立ち上がって、頭を下げた。すかさず身長を確認すると、少し私より高いだろうか? といった感じ。これじゃ、ヒールを履いた時に、私の方がでかくなってしまうではないか。

 (ちょっと、今回はどういうこと?)

 合コンの女王が集めてくれた男達に期待していた私は、がっくりだ。ちらりと横の弥生を見ると、じっと睨みつけられた。

 (我慢しなさい)

 そういうことだと思う。はいはい、分かりましたよ。無理言って集めてもらったんだから、これくらいは我慢だ。

 「お願いしまぁす」

 でかい女が首を傾げて可愛く言ったところで、たかが知れているが、少しでも可愛く見せようと語尾を伸ばしてみた。必死過ぎるのはよくない、ほどほどのアピールで抑えなければ。

 弥生の進行で、自己紹介が始まる。一流企業に勤めているという自信からか、自己アピールにも力が入っている。申し分ない経歴だけど、なにが欠点って謙虚さもなく、自己主張ばかりで嫌気がさしてしまう。「能ある鷹は爪を隠す」という言葉を知らないのかと、思わず口に出してしまいそうになり、それを抑えるために酒を飲んだ。

 「沙耶には、ガチで惚れさせる力があるんだから、がんばりなさいよ」
 「分かってるってば」

 つん、と弥生に肘でつつかれる。
 つどんな男でもいいから集めてと言ったのは私なのに、つまらない顔をしていたら弥生に悪い。彼氏がいて参加を渋ったというマコは、ターゲットを見つけたらしく会話が弾んでいた。参加を渋ったなんて嘘じゃん。女の言うことは信用できない。大食いで人の残した分まで平らげる大飯ぐらいのくせに、目の前の料理には手を付けず、可愛い楊枝でさされたオリーブとナッツをちまちまと食べているだけだ。おまけに、いつも取り分けなんてしない食べる専門なのに、甲斐甲斐しくみんなの分まで取り皿でとりわけしてる。まったく、こういう女の本心を見抜けないバカな男がいるから、私のようないい女があぶれてしまうのよ。

 (さすがね)

 男をゲットするなら女優にでもなる。それが男を捕まえる秘訣。正直すぎるのが私の悪い所だと、マコはいつも言う。

 どうしてそんな風に見てしまうのか、原因は分かっている。社長と比べてしまうのだ。比べることをやめなくちゃ私は枯れた花になってしまう。たとえ一週間の付き合いでもいい、彼氏が欲しい。この際贅沢は言わない、悪い男でもいい。

 「沙耶はね、秘書なのよ、ファイブスターの」

 弥生が私の話題を振ってくれた。マコに夢中の男は放っておいて、あとの三人は私に注目した。

 「ファイブスターの社長秘書ですか! やっぱり格が違うなあ」
 「そんなことはないですよぅ」

 少々身体をくねらせ、可愛く言ってみる。自分でも鳥肌が立ったけど、意外とウケた。
 時に女は、自分を捨ててでも手に入れたい物がある。今の私は男だ。

 「沙耶は、大学の時から綺麗でね。ミスキャンパスに選ばれているの。社長秘書はなるべくしてなったと言うことろね」

 弥生は、私のことを一生懸命に売り込んでくれてる。ワンナイトラブでもいい、誰か私を抱いてちょうだい、賞味期限が近付いているから。

 「やめてよぅ」

 手入れを怠らない爪を見せるように、手をひらひらとさせた。

 「マジでキレイだよな?」

 一人の男が周りを巻き込んで賛同させる。三人いればかなり個性が別れるもので、真っ先に話をした男は確か、営業職だったはず。口ぶりが営業そのものだ。すっと人の懐に入り、押し付けがましくない口ぶりと、話しかけやすい雰囲気、これは次男と見た。

 一番右端にいる男は、銀縁のメガネをかけているが、インテリそのもの。開発畑にいるのが丸わかり。理屈っぽい話し方に、人の揚げ足を取る感じがある。
 それに、

 「水越さん、身長高いっすね」

 言ったな。一番言われたくないことを言われてしまった。そして次にはいつもの決まり文句。

 「バスケかバレーやってたんすか?」

 ほら来た、このセリフ。背が高いからって、バスケとバレーをやっていると決めつけないで欲しい。ふん、針も満足に持てない手芸部だったのよ。残念でした。

 この時点でこの男は私から外される。女心を知り尽くしていれば、コンプレックスは身長だなとピンとくるはずだ。機械ばっかり見てるから血の通った女の、繊細な心が分からなくなるのだ。デリカシーがないのはいただけない。

 でもまだあと二人いる。美味しい料理を取り分けながら、せっせと秘書で培われた気遣いを発揮する。

 盛り上がりを見せていた合コンだったけれど、開発畑のインテリ男が、ことあるごとに屁理屈を言い、私達の言うことを真っ向から論破し始め、空気が悪くなってしまった。別れ際にも笑顔で対応する私達に、営業男はひたすら謝った。

 「なんか絡んじゃって悪かったね」

 営業畑の男は身長が足りなかったけど、人柄は一番良かった。少し付き合う程度なら合格点だったかも。なんて後から思ったけど、アドレスを交換しないまま別れたのは勿体なかったかな?
なんの収穫もないまま後味悪く終わってしまい、男が出来ない一日が終わってしまった。限られた時間しかない若くて新鮮な時間。なんともったいないことか。

 「お腹空いた……お茶漬け食べよう」

 少しでも可愛く見せようと、小食の振りをして料理をあまり食べなかった私は、マンションに帰るとお腹が空いてしまっていた。

 「スペイン料理店だったのに……」

 ピンチョス、アヒージョ、定番のパエリアと私の大好きな料理ばかり。それを思い出しながらお茶漬けの支度をする。寝る前の食事は美容と健康に悪いけれど、食べずにはいられない。

 「明日は摂生しよう」

 何も作らないキッチンはとてもキレイ。茶わんを出して、パックのご飯を温める。お茶漬けのりを振りかけて、沸かしたお湯をかければとても美味しいお茶漬けが出来上がる。ずるずると音をたててご飯を流し込む。

 「おいしい」

 一人寂しくテレビを観ながらかきこむお茶漬けは、私をいっそう虚しくさせる。やっぱり社長と比較してしまうのが原因だ。

 「もう、だから彼氏が出来ないんだってば!」

 本当に私は、社長以外の人と恋愛が出来るのだろうか。