定期の王子様

あいつの手が髪に差し込まれ、アップになってた髪を崩していく。
前髪が落ちると、確かにあの日の王子様っぽい。

「気づいてなかったのか? 上野杏奈。
俺はおまえの定期が切れてたときから気づいてたけどな」

ああ、だから。
あのとき、「またおまえか」とかなんとか、言われた気がしたのは気のせいじゃなかったんだ。

「美化するのはいいけど、王子はやめてくんない?
もう、おかしすぎて笑いが……。
あ、また」

ひぃーっ、くの字になるほど身体を折り曲げて笑い転げてるあいつにむっとした、が。

……確かに。
本人前に王子様発言は痛すぎる……。

「……そんなに笑わなくったって」

じわじわと涙がにじんでくる。
なんか自分が、莫迦みたいで。

「あー、悪い、悪い」

笑いすぎて出た涙を、レンズを押し上げるように人差し指の背で拭い、あいつは俯いてしまった私のあたまをぽんぽんしてきた。

「うん、悪かった。
んで、痴漢にあったバスとか乗るのは怖いだろうが、また乗ってくれると嬉しい」

眼鏡の奥の目を細めて笑うあいつに、ドキッとした。

いくら、あいつが……その、王子とわかっても。