定期の王子様

「いや、私はなにも。
言いがかりも甚だしい」

プシューと開いたドアから数人が、私たちをちらちらとみながらすり抜けて降りていく。
痴漢のおじさんは顔を真っ赤にして、あいつの手をふりほどこうとしているが。

「あ?
知らないとでも思ってんのか?
ばっちり見えてんだよ、あんたがこいつのケツ、さわってたの」

くいっとあいつが親指で示した先にあるミラーにはバス内がしっかり映っていた。

「言い逃れできないよな、ああっ?」

「ひぃっ」

あいつが眼鏡の奥からじろりと睨むと、おじさんはバックを胸に抱えてがくがくと震え出した。
おとなしくなったおじさんにあいつは小さく肩をすくめ、携帯を取り出してどこかに電話し始める。
一番前の席の人が座らせてくれたので、そんな様子をぼーっと見てた。
まだ、手が震えている。

少しして警察官が到着した。
あいつが呼んでくれたみたいだ。

「怖かったな」

警察官におじさんは引き渡され、私もバスを降りるとき。
あいつが、あたまをぽんぽんした。
しかも、そんな声をかけてくれるなんて思ってなかったから、恐怖で止まってた涙が一気にあふれてくる。

「……怖かった」

「うん」