ポツポツ...
だんだん薄雲る空。
サァァァ...
あぁ、やっぱりだ。
窓の外に見える透明な針が落ちてゆく様を見ながら、私はため息をついた。

「...痛い。」

ガンガンと痛みがする頭を押さえながら、そう呟いた。
私は気圧の変化に弱いようだ。
雨の前触れは、必ずと言っていいほど頭痛がする。
雨しか分からない天気予報が、見えるなんてよく思えるかもしれないけれど、その分対価は頭痛だ。
良いと思えるわけが無い。
雨の日はただでさえ、匂いや濡れてしまう面倒くささで嫌いなのに。
それに加え、頭痛だなんて。
さらに強くなった雨音に、とてつもない嫌悪感が溢れた。

ピロリンッ♪
伏せていたスマートフォンから、通知を知らせる音が鳴った。
ズキン。
窓から目をそらすようにそれを見ると、なんとも言えない気持ちに苛まれた。

【ごめん、行けなくなった。】

最近のメッセージアプリは私に味方してくれないようだ。アプリを開かずとも、来た言葉が見れてしまう。
机に置かれたアイスティーを1口飲むと、意を決して通知をタップした。

【あのさ、もしかして30分も待ってる?】
【ごめん、行けなくなった。】

新着のメッセージはそう来ていた。
改めて見ると本当に酷い言葉だ。
出そうになるため息を押さえ、メッセージを記入する欄に文字を入れた。

【大丈夫。私も体調が悪】

そこまで打ち込んだけどすぐに消した。
知ってる。もう全部知ってるの。
あなたが他の女性と会っているのも。
その人と既に、友達に留まっていないことも。
私はいざと言う時の持ち駒されていることも。

...この頭痛が、あなたのせいであることも。

馬鹿だな、私。
知ってて見ないふりをしてる。
”いい女”になりたくて、我慢してる。
それこそがダサいとも知らずに。
もう笑いかけてくれるはずもないあなたに期待してる。
だって本当に好きだった。
特別だった。
少しの時間だけでも、幸せだった。
でも愛がないと知って、悲しくて。
あなたの偽りの言葉が、私に傷を作った。
それなのに、自分の心にも見ないふりをして。
昔からそうだ。
私には弟と妹が1人ずついる。
いわゆる長女。
それだからなのか、性格なのか。
ほとんど2人に譲って来た。我慢してきた。
無駄に乾く喉にまた、水分を入れた。

「えー!なにそれそいつクズじゃん!」

ふと、隣の同い年くらいに見える女の子達から話す声が、耳に届いた。
そんなの、分かっている。

「早く別れな?傷ついてる時間もったいないよ!早く次行かなきゃ!」
「でも好きなんだもんー…!」

思わずうつむいた。
本当に私は彼のことが好きなのだろうか。
過去に好きだったことは確信できるのに、今の気持ちを考えると分からない。
彼を好きになってから、ここまで沢山頑張ってきて、尽くしてきて。
あぁ……今は大して好きではないな。
過去の自分を救うために、いつからか義務の恋愛をしていたんだろう。
見失うところだった。
なら、我慢するはずもないのでしょう?
心を縛っていた鎖が1つ、剥がれた気がした。
彼に向き合っていたのは誰だったのだろうか。少なくとも”本当の私”では無いだろう。
本当の私から見た彼は、何者でもない。
一旦、メッセージを閉じた。

「すみません。」

「タルトケーキ1つ。」

「ありがとうございます。」

目の前のスイーツに目を奪われて数分。
また通知音が鳴った。
再度開く。

【大丈夫か?悪かった。】

またひとつ、心にもない言葉を送られた。
彼がメッセージを送るのも無理はない。
前の私は、既読無視なんてするはずがなかった。だからだろう。
メッセージを眺めていると、その場でまた送られてきた。

【おーい?なぁ、怒ってんのか?】

それを横目で流しながら、最後の1口を口に入れた。
どこ口が言っているのよ。
ごくん、と飲み込んでから、アイスティーに手を伸ばそうとした。
…手が震えている。
このままずっと一方的に言葉が送られてくるのも、しんどいものね。

「...痛い。」

心が。
未だこんなやつに心残りがある自分が嫌。
勇気を出すなら、今だ。
こんな時間さえも相手は他の女の子といるんだよ?
大きく息を吸って、優しく吐いた。

【今までありがとう。別れましょう。さよなら。】

今度こそは、迷わず”送信”ボタンを押した。
少し滲む視界を、ハンカチで拭う。
もう、頭痛は過ぎ去っていた。
外は未だ雨だが、私の心は澄んだ空色のようでした。