絵が好きだ。
言葉にせずとも、そこに感じれるものがあるから。
なんて、それっぽいことを言ってみたけど、全部嘘だ。

絵が好きだ。
もっと詳しく言えば、先輩の描く絵が好きだ。

元々、芸術品に興味など無かった。
へぇ、とそれを見て、終わり。
何かを感じたり、心震わせたりは遠い感情だった。
昔から感情表現は苦手で、何を考えているのか分からない、なんて親すら匙(さじ)を投げた。
まぁ、そんなのはどうでもいい。

今は違うのだから!

学校終わり。控えめに鳴る通知音。
それを見て目を輝かせた。
一瞬で晴れた顔になり、教室を出た。
早る気持ちを抑えながら、その足は美術室へ。

「先輩っ!」
教室に入ってニコッと笑うと、まるで映画のワンシーンのように長い髪を翻して先輩が振り返る。
「いらっしゃい」
「新作ができたってほんとですか!」
「うん、これだよっ」
先輩が目を移した先にはキャンバス。
そのまま目線を追うと、色彩が丁寧に扱われたひとつの絵が描かれていた。

僕と先輩は見る世界が違う。
そう、思う。
これは比喩ではない。そのままだ。

「......今回のも素敵です」
しばらく見とれたあと、うっとりしてそう言うと、先輩は控えめに微笑んだ。

ずっとこの日々がいいのに。


「ごめんね、前みたいに会えなくなるの。」
「えっ?それはどうして...」
先輩が他の人の先輩になってしまった。
「わ、かりました...」
よく考えれば当たり前だ。
僕が先輩に興味を持ったように、他の人もそうなってしまう可能性なんていくらでもある。
こんなに素敵な人だから。
だのに僕は、勝手に特別だなんて。
立ち去ろうとした先輩の手首を思わず掴んでしまった。
「行かないで」
口から溢れそうになった。はくはくと口がから回って噛み締めた。
こんなこと言っても困るだけだよ。
この世で一番に先輩の絵を見たかったのに。
「どうしたの?」
ハッ
先輩が困った顔で笑う。
慌てて離した手からするりと逃げて、先輩が腕を抑えながら立ち去った。
僕と、一枚の絵が残った教室。
ふたりきり、哀愁が残っていた。


出会いは今でも鮮明だ。
セミが遠くで騒がしい夏。
美術部の作品が廊下に展示されていて。
たまたま通りかかっただけ。
今思えば運命なんだろう、と思える。

一つの作品に目が奪われた。
何となく目を移した先。
時が止まったように感じた。
あの衝撃は忘れられない。
感じたことのない想い。
じわ、じわり。
思わず胸を手で押さえる。
ゆっくり、ゆっくりと侵食されていく。

「すきだ」

感情の過剰摂取により涙を流し、授業どころでは無くなって早退したのだが、
家に帰っても放心状態だった。

あの、優しい顔をこちらに向ける男の人の顔が頭から離れない。
ずっと、絵の中に囚われている。
僕が。僕だけが。僕たちが。