「それで、その時に――――」
「うんうん」

何気ない、平凡な日。
強いて言えば休日ということだけ。
突拍子もなく裁縫がしたくなった私は、黙々と続く作業のお供に仲の良い友人と通話を始めた。お供に、と言ったが実際は作業の始めたタイミングで相手から電話がかかってきて、ちょうどよいしこのまま話そうと言う流れになっただけだ。
明日には忘れていそうなくだらない話に耳を傾けながら、チクチクと布に糸を縫い付ける。
「あ、そういやさ」
スピーカーにしたスマホから、私に問いかける友人の声が流れた。
「うん?どした?」
返事をしながらも、手は作業を続ける。
私の返事から一間ほど時間がおかれて、友人が言葉にする。
 
「最近好きな人とはどうなん?」
ブスッ
「いっ……た!!え!?なに!?」
不意に手元が狂ってしまい、指に針を軽く刺してしまった。
指した親指から小さな赤い玉が膨れる。
「え、刺した?大丈夫?」
「だ、いじょうぶ。」とぎこちない返事をしながら布を机に置き、針も針刺しへ。
パッと取ったティッシュを手に当てる。
「なんだっけ、好きな人?」
内心焦りながら、聞き返すと「うん」と頷く友人。
「この間、好きな人できたって言ってたから気になって」
「そうねー……聞きたいか?」
「とても。」
そう言うと、なにやらニヤニヤとした笑いが聞こえた。
む、この人楽しそうだな……
たしかに、数日前にぼんやりと話をしたような気がする。
「まだわからないよ?ただ、他の人と仲良くしているのを見た時にモヤモヤとして……これ、好きなのかなみたいな。」
こんな曖昧な話で楽しいのだろうか。
私の好きな人、いや、好き未満の人は、私に優しくしてくれる人で一緒にいて楽しい。変な気持ちを抱く前では、このままずっと仲良くし続けられるものなのだと思っていた。
だけど、最近になって女の人と仲良さそうにしている場面を見た。楽しそうだな〜と思う裏で心にモヤモヤが生まれて。
いくつか恋愛を経てきた私は、これが嫉妬だとすぐ解が出た。
が、私の中で友達なんだと思い込んでいた人が、すぐ好きな人だと脳が処理できなかった。友達間でも嫉妬することはあるしそういう見方もある。
突然降ってきた恋とはこのようなことを言うのだろうか。前置きもなく、ストンと急に振ってきて。少なくとも私の中では初めてなのだ、この気持ちが。
ここまで悩み込んでいる時点で、好きなのだろう。認めてしまえばきっと堕ちる。
だけど素直に伝えてしまえばきっと、このままのちょうどいい距離感なんて崩れ落ちて関係が変わる。それだけがどうも嫌で、怖くて、離れたくなくて、前に進めない。
何も変えず、何も変わらないままでしばらく友達を続けていたい。
それは私だけの片思いだから、相手方が壊してしまうならそれも望むけど。
ここにきて過去の恋愛が、私を動けなくさせる。今ならまだ戻れるといつまで踏ん張れるのか、私にもわからない。
 
なにより、彼を好きになってはいけない要素もある。
「うわー、もうそれ好きじゃん?」
「うーん……でもその人と付き合いたいより仲良くしてたいが勝ってて……」
「恋愛疲れてそうだったから、そんな時にできるってよっぽどなんだと思うんだよね。」
「あー……私のことはいいんだよ!そんなこと言う君はどうなの?」
こんな話がどうしても気恥ずかしくなり、無理やり相手の話へ押し付ける。
そう、かくいう友人も好きな人がいるのだ。
「えっ特には…としか」
くそ、奴が惚気けようものなら冷やかしてやろうかと思ったのに。
思惑が崩れ落ち、心の中で舌打ちをする。
「裁縫進んでる?」
「ハッ、進んでない、ありがとう」
思っていたより話し込んでしまった。丸めたティッシュをゴミ箱へ投げるが……外れた。針を手に取り、手を動かす。
 
「…………多分俺の事好きじゃなさそうなんだよね」
ぽつり、と彼が呟いた。
「……まじか。告白とかしないの?」
チクチクと、手を進める。
上手く行ってくれれば、祝福するのに。
こっちまで悲しいじゃないか。
「そうだね〜、俺は君にしちゃえーって言いたい」
「えっ、なんでよ」
「なんとなく?」
なんとなくかい!というツッコミをしようと思った時。
グサッ
「いった!!」
「また?大丈夫?」
血が止まったと思っていた指先からまた赤い血が滲む。
チクチク、チクチクと。
作業はしていないはずなのに、音がする。
「大丈夫!」
そうか、これ心の音だ。
 
あのね、言ってなかったんだけどね。
君が好きだよ。