「莉都、、?」

見てしまった。
自分の幼馴染が、放課後の教室で見知らぬ男と見つめあっているのを。
この一瞬で全てが狂ってしまった。
本当に刹那だった。
見知らぬ気持ちが土砂流れのように流れ込んでくるのを感じて、慌ててその場から立ち去った。

「はぁっ、、はぁっ、、!」

いつもなら走らない。
そんな無意味に体力を使うほど馬鹿をする自分では無い。
なのに今だけ、
このもやもやをかき消すように、
あの二人から逃げるように、
頭の中から追い出すように、
日の暮れかけたオレンジ色の校舎を駆けていた。
駆け降りた階段が、いつもより長く感じる。
誰もいない旧校舎、理科室前で崩れるように座り込んだ。

「はぁっ、、、、はぁっ、」

上がった息を整えながら、壁に背を当てた。
────最悪だ。
あれを見なければきっと、一生死ぬまで気づかなかったのに!
そんなことを思いながらそっと目を閉じた。
優しく深呼吸をすると、まるで昨日起きた記憶のように昔の出来事が脳内で再生する。



街中が真っ白に染まる道を、一人でぼーっと歩いていた。
ザリッと音を立てながら白い固まりが潰れる。
冬なんて寒いだけなのに。
そう思いふけて、
雪で遊ぶ年下の子供たちを横目に、帰りたい一心で歩いていたのを覚えている。
吐いた息が白く、肺に冷たい空気が流れ込む。
視界にふわふわと白い粒が落ちるのが見えた。
あぁ、また降ってきやがって。

「雪!」

後ろからそんな声が聞こえた。
何を当たり前なことを。そんなことはいいから早くコタツに入りたい。
首に巻いたマフラーに顔を埋める。

「ねぇ!雪!」

うるさいな。
ムッと顔を(しか)める、足を速めようかと思った時。
ポンッと右肩に手を置かれた。
「なんだよ、」と不機嫌な顔で振り返ると

「雪ってば!なんで無視するのよ!」

幼馴染のソイツがいた。
あぁ、そうだ。俺の名前”雪”だった。
俺が生まれた日もひらひらと雪が舞う日だったそうだ。
なんて単純な。

「一緒に帰ろう?お隣さんじゃない!」

あれ、初めて真正面から顔を見た気がする。
ニコッと笑いかけてくる顔をみて、
寒かったはずなのに、胸の真ん中に火が灯って暖かい。
差し出された手も、ポカポカとしていた。
それはきっと、その頃には既に、、。




「幼馴染みなんて壁が嫌いだった。」

だから、莉都から好きだと言われたときも、気の迷いだと思った。
ずっとそばで1番近くにいたから、錯覚していたのだと。
本当は前から、そばにいるからこそ色んな顔を見て芽生える恋なのだとわかったのに。
変に強がって、この心の暖かさも寂しさ故にと思い込んだ。
莉都に男の影ができただけで、簡単に嫉妬という醜い感情が湧いて。
俺のものにしたい、誰にも渡したくない、
俺だけを見てほしい、
閉じ込めたい、抱きしめたい、その頬に触れたい。
だれも見たことない莉都を、俺だけがみたい。
執着に近いような愛。
それよりも大きな、笑ってほしいと思う気持ちだけは
たしかに嘘じゃない。
誰かに傷つけられるくらいなら自分が幸せにしてあげる。
びっくり、俺にもこんな人間らしい気持ちがあるんだな。
妙に生きている心地がする。
馬鹿だった、こんなに単純なことに気づかないとは。
実感すると溢れ出るそれに胸を押さえる。



「楓野?」

ハッ
あ、理科の先生。

「何してんだ?こんな所で。
理科室に用か?」
「あ、眠くて、すいません」

適当に誤魔化しておこう。
教員に有名な寝落ち犯だから、許されるだろう。
いつものようにへらりと笑って立ち上がった。

「こんなところで寝るもんじゃないぞ?
用がないなら早く帰りなさい」
「はーい」

少し不思議そうに笑いながらそう言う先生に
気のない返事をして背を向けた。
内心、埒が明かない思想を止めてくれて助かった。
覚束無い足取りで下駄箱へ向かう。

2人でいるところを目撃しただけだ。
まだ好き合っているとは限らない。
ならば、俺がまた好きになってもらえばいい話。
パッと出の男よりかは勝算が高いはず。
よし、と自分の中で喝を入れて靴を履き替えた。

「優!またレシーブ上手になったね?!」
「そうかな?ありがとう!」

トントン、とつま先を地面につけて前を向くと好きな子が視界に映った。
体育館前で片付けをしている女の子に駆け寄る姿を目で追う。
どうして気づかなかったんだろう、駆け寄る時に翻る髪も立ち姿もこんなに輝いて見えるのに。

「優ちゃん!もう部活終わり?」
「莉都!うん、一緒に帰ろ!着替えてくるね!」
「うん!」

ニコッと笑う顔に、心が鳴いた。

「────俺、本気出すから」

まっててね。
また、俺の事見てくれるまで。
そうして歩き出す自分の表情は、驚くほど微笑んでいただろう。