「ナナちゃん!」

駅で声をかけられた。
振り返って驚いた。

カスミちゃんだった。

1人だ。

ちょっと顔色が悪い。

「カスミちゃん、どうしたの?」

私の言葉に思い切ったように口を開く。

「ナナちゃん、話があって、待ってたの」

ドキドキした。

何の話?

あれしかないよね。

ツバサくんの事だよね。

「う、うん。あ、じゃあ、お店」

近くのファーストフード店に入った。
ストローを持つ手が震えた。

変なの、何も悪い事してないのに。

少しの沈黙の後、
カスミちゃんが震える声で話し出した。

「ツバサくん、ケガしちゃって。
検査で肩が悪くなってたら、もう投げられない」

青い顔で話すカスミちゃんの言葉に、動揺した。

え。ケガって?

そんなに悪いの?

「中学の頃から肩を少し痛めてたらしくて、
この前の試合で悪化したんだって。
明日、検査結果が出るの。」

あ。

思い当たった。

肩が痛いと言ってたの、知ってた。

私、何をしてたんだろう。

ずっと見てたのに。

受診をもっと強く勧めれば良かった。

無理にでも連れて行けば良かった。

「ごめんなさい。私、ずっと知ってたのに。
もっと強く受診を勧めていれば良かった。
投げられなくなったら私の責任だ。」

そう言う私に大きなため息をついた。

「やっぱり、ナナちゃんはすごいね。
ツバサくんを守ってる。
私には出来ない。
ツバサくん、自分もツライのに、
なぁなに知られなくて良かったって言ってた。
きっと責任感じるからって。
病院も行くように言われてたって。
2人の間には入れない。
明日の検査結果、私は行けない。
ナナちゃん、行ってあげて。お願い」

そのまま、うつむいて黙ってる。

ツバサくん、今、きっとツライはず。

そばにいて励ましてあげたい。

守ってあげたい。

でも。

「カスミちゃんが、
そばにいてあげた方がいいと思う。」

涙目のカスミちゃんは可憐だった。

私、誤解してた。

この子は今風のキャピキャピガールでも、
計算高い女でもないのかもしれない。

素直にツバサくんが好きなんだ。

そう思った。

「ううん、ナナちゃんが行って。
私は何も出来ないから。
1番ツライ人の横で私が泣いちゃうから。
気を遣わせちゃう。
守ってあげられない」

そんな事、ないんだと思う。

今、ツバサくんに必要なのは、
守ってくれる誰かじゃなくて。

一緒に泣いてくれるカスミちゃんだ。

だけど、カスミちゃんは譲らなかった。

私に病院と自分の連絡先を渡して、
帰って行った。

どうしょう。

ツバサくんが心配だ。

でも私が行くのは違う気がする。

勇磨に聞いてみよう。

そう思った。

次の日、思い切って勇磨に聞いた。

「最後まで怒らないで聞くって、約束してね」

先に約束してもらった。
だって、すぐ怒るから。
最後まで聞いてよ。

「はいはい、うるせ」

感じ悪い。

案の定、途中で怒る。

「は?なんでナナのせいなの?
自分のせいだ。
ナナが責任感じる事なんて1つもないし、
検査結果なら親か顧問と行け」

だからさ、怒らないでってば。
私の言葉に頭をかきむしる。

「私が行っても何も出来ないし、
ツバサくんも、
カスミちゃんにそばにいて欲しいと思う。
すごく頑張ってたのを1番近くで
カスミちゃんは見てたんだから」

勇磨が、腕を組んで大きなため息をつく。

「確かになぁ。
たかが部活っていっても、
俺も命かけてるしなぁ。
ケガで試合に出れませんって、
なったら落ちるなぁ。
誰とも話したくなくなるな。
1人でひきこもりたくなるし、
自暴自棄になって何するか分からねぇ」

うん、そうだよね。

「でもだからこそ、ナナを1人で、
ツバサのとこには行かせられない。
アイツを信じてない訳じゃないんだ。
だけど、落ちてる男はオオカミなんだよね、
ナナちゃん。」

最後はふざけた。

バカだなぁ。

大丈夫だよ、勇磨。

そんな心配はいらないよ。

「分かってるよ。
カスミちゃんに後で連絡する。
行けないって。」

分かればいいと私の頭を撫でた。

もうっ勇磨って。

でも自分でも不思議だった。
ツバサくんの事は今も正直、好きだ。
かわいくて守ってあげたい。

そのツバサくんのピンチに側にいてあげたい。

抱きしめてあげたい。

だけど、なんだろ、前と違う。

よく分からないけど、前とは違う。

だから、勇磨、心配いらない。

放課後、カスミちゃんに連絡したけど、
繋がらなかった。
困って困って結局、
北高まで行ってみる事にした。

校門前で見覚えのある顔を見つけた。
中学の同級生だ。

彼女にカスミちゃんを、
呼んできてもらうように頼んだ。

空を見上げて大きく息を吸い込んだ。