「ナナ?」

勇磨の声だ。

途端に呼吸が楽になった。

たったそれだけの事で落ち着いた。

「ナナ、どうした?何かあった?」

勇磨の声が優しい。

声が震えるから何も話せず、
ただ勇磨の声を待った。

勇磨。

「何があった?
ツバサに何か言われたの?」

え?なんでツバサくん?

ああ。

そっか、今日、ツバサくんに会ったんだった。

なんで忘れたんだ、私。

自分に笑えてまた少し落ち着いた。
ゆっくりと深呼吸した。

「ち、違う。なん、でもないんだ。
ご、めん。
間違えて電話しちゃって。
本当になんでも、ないの」

必死に震えを抑えて話したけど、
勇磨には伝わった。

「ナナ、泣いてるの?今、どこにいるの?」

心配そうな勇磨の声が、
携帯から聞こえてきた。

「勇、」

その時また大きな揺れが起きる。

ガタンとゴンドラが揺れる。

携帯が落ちて滑る。

「うわーわー!あー!」

怖い。

なんでまた揺れたの?

助けて勇磨。

「ナナ!おい、ナナ、どうした?
何があった?ナナ!おいっ」

勇磨の必死な声が聞こえる。

怖い。

携帯を拾いあげる手が、
震えて上手く掴めない。

何回も落としてやっとの事で拾い上げ、
また耳にあてる。

「勇、磨。」

声が震えて言葉にならない。

怖い。

「ナナ、どこにいるの?1人?
今すぐ行くから言って」

優しい勇磨の声が嬉しかった。

でも、勇磨は南さんと付き合ってる。

また南さんがよぎる。

南さんがいるのにって思った。

勇磨は、南さんが好きなんだから。

それなのに優しくしないで。

意地になる。

「やだ、言わない」

電話口でも怒ってるのが分かった。

「は?ふざけんな。どこにいるか言えよ。」

勇磨が怒るのは当然だ。

私からワン切りして、
釣っておいてコレはない。

分かってる。

なのに、いざとなると素直になれない。

南さんの事を聞かされるのも怖い。

なんなんだ、私。

でも、
来なくていい。
会いたくない。
今の私を見せたくない。
自分でも嫌いな今の私を見られたくない。

「ナナ、頼む。どこにいるのか言って。
このままじゃ俺、おかしくなる。」

風の音が大きくなる。

轟音とともに、
ガタガタと横に揺れるゴンドラ。

怖い。

「わー、あぁー!」

私の意地も恐怖ですぐにかき消される。

勇磨、怖い。

「勇磨、助けて。怖い」

意地と恐怖が混在して訳が分からなくなる。
勇磨を振り回す。

「大丈夫だ、ナナ、すぐに助けに行くから。
だから、どこか言って。」

勇磨の優しさに恐怖が薄れてくると、
すぐにまた素直になれない私に戻る。

「勇磨が南さんにキスしたとこ」

それが私の精一杯だった。

勇磨は沈黙する。

私って意地ばっか。

こんなんじゃ、嫌われても仕方ない。

また大きくゴンドラが揺れ金属音が軋んだ。

「わー」

私の叫びと同時にゆっくりと回り始めた。
観覧車が動いた事で冷静を取り戻した。

携帯の電源を切った。

私ってどうしょうもないな。

何がしたかったんだろう。

また勇磨を困らせ振りまわした。

もう勇磨は南さんの彼氏なのに。

少し考えれば分かるのに。

助けてなんて言えないのに。

これからはツライ時は、
1人で乗り越えないといけない。

観覧車は少し動いては止まりを繰り返した。
下に近づくに連れて揺れと轟音は治った。

足が震えてるから椅子には座れず、
その場にうずくまり耐えた。

電源を落として冷たくなった携帯を握りしめた。

目を閉じてやり過ごそう。

大丈夫。
まだ勇磨の声が耳に残ってる。

「ナナ」

って呼ぶ優しい声が。

「大丈夫だよ」

って守ってくれる声。
勇磨が助けてくれる。

私ってバカだな。

認めるしかない。私、勇磨が好きだ。

自分でもどうしようもないくらい好きだ。

もうずっと心の中に答えはあったのに。

なんで私、認めるのが怖かったんだろう。