「帰してください……私を帰してください……」

 王宮の煌びやかに見えて、完全に逃亡できないようにされた厳重な部屋で、ポロポロと涙を流しながら一人蹲るリザベーテ。
 そんな彼女を慰めるものは誰もいない。
 ドアの前に立つ護衛たちにも、彼女の嘆きの声は微かに聞こえてきていたが、王家の命令は絶対だ。例えそれが、理不尽なことであろうとも。
 嘆きの声は、いつまでも止まらない。

 日も暮れたというのに、誰も世話に来る者もなく、部屋の明かりも灯されない真っ暗な中。すでに嘆き疲れたリザベーテは、ただぼんやりと鉄格子のはまった小さな窓へと目を向ける。

 ――なんで、こんなことになったのか。

 リザベーテは、婚約者になるはずだったエリオットの優しい微笑みを思い出し、再び涙が零れていく。
 けして容姿の整った方ではなかったけれど、誰にでも優しく、勤勉な方だった。街の者たちからも敬愛され、貴族にしておくのがもったいない、などと冗談を言われるような方だった。

 ――今頃、あの方は、どうしているのだろうか。

 自分を探してくださっているのか。それとも諦めて、他の婚約者を探されているのか。
 リザベーテよりも六歳年上のエリオット。嫡男だけに、新たな婚約者を勧められていても、おかしくはない。
 そう思っただけで、より一層、涙が溢れだした。

 そんな彼女の目の前に、白くぼんやりとした光が浮かび上がった。

『ごめんなさい、リザベーテ』

 その光から、柔らかな 、そして少し悲し気な女性の声が聞こえてきた。

「だ、誰?」

 涙を拭い、周囲を見回すが、当然、人の姿などない。

『私は、女神ミーネ。この国の守護神』

 ロウセル王国の神話を知っている者であれば、誰でもが知っている名前であった。
 しかし、無理矢理他国から連れてこられた上に、平民のリザベーテが、ロウセン王国の建国神話など、当然知るわけがない。

『私の姿と力を受け継いだ娘として生まれたのがあなたなの。ロウセル王国の王族との古からの契約で、女神の契約を残すためには二百年に一度、この国の王子は、私の力と姿を持った娘と結ばれねばならないの』
「そんなっ!」

 女神ミーネの力とは、『癒しの力』。神殿にいる神官たちにも、けして多くはないものの、癒しの力を持つ者はいる。
 しかし、今のリザベーテほどの力となると、大神官クラスになる。ましてや、女神ミーネの外見と言われている『銀色の髪』に『マリンブルーの瞳』、特に『銀色の髪』は多くはなかった。
 しかし、リザベーテの容姿は、多くの者が振り返るだろうくらいに、可愛らしかった。

『ごめんなさい……これが、あなたの心の平安になればいいのだけれど』

 そう言って、コロンと何かが転がり落ちた。
 それはリザベーテの掌にのるサイズの薄水色の卵。

「これは……卵?」
『肌身離さず持っていて……あなたの魔力によって育っていくから』
「何が生まれるの?」
『……あなたが強く望むモノ……本当に、ごめんなさい……ごめんなさい』

 光は、ただ、謝罪の言葉を繰り返すだけで、徐々に消えて行った。