リザベーテが聖女と認定されたのは、二年前、十二才のことだった。
 とある小国の王都の孤児院で孤児として育ったリザベーテ。気立ての良さと、見目の良さ、そしてちょっとした特殊な能力もあって、十才になる頃には、商家に住み込みの下働きとして雇われていた。
 その頃の彼女は、小柄で幼い顔立ちの可愛らしい女の子であった。その可愛らしさから、皆に愛され、客としてくる貴族たちですら、彼女には笑顔で接したものだった。
 その中で、彼女を気に入った伯爵家の嫡男エリオット・モンテスが、リザベーテを妻にと望み、婚約者となろうとした日。

 ――すべての元凶、王太子、オーガスタス・グリフィン・ロウセルと出会ってしまった。

 たまたまロウセル王国の王弟である伯父が外務大臣として、訪れていた時。
 外交の仕事を学ぶために同行していた王太子が、従者二人だけを連れて身分を隠し、街の中を歩いていた。当時、十六歳の彼は、見慣れない他国の街の様子に、いつも以上にテンションが高かった。

 一方のリザベーテは、親代わりの商家の主人と共に、平民で孤児のリザベーテを貴族と婚約させるため、養家になる子爵家へ挨拶に向かっていた。

「危ないっ!」

 誰かの声が街の中に響く。

「うわっ!?」

 何事か、と周囲の人間たちの目に入ったのは、勢いよく街の道を駆け抜ける馬車。

「どいてくれ、どいてくれっ!」

 危険を叫ぶ声があちこちで聞こえてきていたが、共にいた主人は、少し年配で身体もでっぷりとしていたため、すぐには反応できずに、馬車にひっかけられて、はじきとばされた。主人は近くの家の壁に激突して、額から血を流して気を失って倒れしまった。

「旦那様っ!?」

 主人に駆け寄り、すぐさま癒しの力を発揮するリザベーテ。
 彼女のちょっとした特殊な能力とは、癒しの魔法が使えること。癒しといっても、ちょっとした傷を直したり、風邪のひきはじめのようなのを治す程度。残念ながら神殿に仕えられるほどの特出したものではない、と周囲の者も思っていた。
 彼らは、ちょっとした傷が出来たらリザベーテに治してもらう、というのが日常で、それが普通だと思っていた。

 しかし、この時のリザベーテは違った。
 親代わりの商家の主人が酷い傷を負ったのだ。彼女の感情も魔法の力も、コントロールなどできはしなかった。美しく虹色に輝く光が勢いよく溢れだし、周りにいた人々は、固まってしまった。
 そして、どこからともなくあがる声。

「聖女だ」
「聖女様よ……」
「おお、聖女様!」

 周りのどよめきに、リザベーテは怖くなる。
 気を失っている主人は、傷は治ったものの、まだ目を開いてくれない。
 リザベーテにしてみれば、規模の違いこそあれ、主人のケガを治す行為の延長だったのだが、周りで見ていた者、特にその場にいた王太子、オーガスタスには神の御業にしか見えなかった。
 そして、彼はロウセル王家に伝わる伝説を思い出す。

『女神との契約を続けるために、この国の王家の者は、二百年ごとに女神の姿と力を受け継いだ娘と結ばれねばならない』

 ――目の前に聖女の行いをする少女、それも王家に飾られている女神の姿に似ているのだ。この者が、女神の娘に違いない。

 王太子の頭にはそれしかなく、オロオロしている彼女を従者たちに捕らえさせると、そのまま、小国の王宮にあった転移の魔法陣を、勝手に使って(・・・・・・)自国に連れてきてしまったのだった。