ついこの前までの律は、アイドルだったことを忘れられなかった。それどころか、心のどこかでまたアイドルとしてやり直したいとさえ思っていた。しかしダンス係をやってみて、今までのアイドル活動にも意味があったと気付けた。そしてやっと昨日、自分が本当にやりたい事を見つけることができて……。

 考えるまでもない。律の答えは決まっている。

「お断りします」

 だが、しつこいセールスの様に社長は粘った。

「返事を出すのは今すぐじゃなくていい。しばらく考えてくれ」

 律は少しも迷いがないことを伝えた。

「いくら考えても返事は変わりません」

 そうして頑なに意思を曲げない律に、社長はとうとう折れたのだった。
 社長との通話を切った後も、電話はひっきりなしに鳴った。どれも大手事務所からのオファーだったが、断固として全て断った。

 こんなに朝からバタバタしているというのに学校はいつも通りあるのだから、朝のニュースをチェックする暇はない。

 急いで洗面所に向かうと、散髪用のハサミが目に留まった。

 ――そうだ、もう新條からも世間からも隠れなくて良くなったんだ。堂々としてればいいんだよね。時間がある時に前髪を切ろう。

 今は忙しいからやめとこうと視線をそらすが、どうしても気になってしまった。