美都は予鈴が鳴る直前で何とか教室に滑りこんだ。
(ま、間に合った……)
朝から全速力で走ったせいで呼吸はまだ乱れている。
3年生に進級して2日目から遅刻なんてたまったものじゃない。というのも、昨日の夜目覚ましをかけ忘れて眠りについてしまった美都は持ち前の寝起きの悪さと昨日の出来事の疲れが重なりすっかり夢の中だった。
出かけに四季が声をかけてくれなければ遅刻が確定していただろう。当の本人は涼しげな顔をして既に自分の席についている。
「おはよ。ギリギリセーフだね。凛と一緒じゃないなんて珍しい」
教室に入った美都を確認すると春香が声をかけた。
間に合ったことにほっと一息ついて、乱れた髪を整えつつ春香に挨拶を返す。
「ギリギリになるから先に行って、って伝えておいたの。よかったー、間に合って」
「なに? 寝坊?」
「う……、うん」
紛れもなく寝坊だ。しかし3年生にもなって寝坊して遅刻だなんて恰好がつかない。
そう思いつつも言い訳するのもおこがましいと考え、春香の問いに若干の抵抗を含みつつ肯定した。
抑々「寝坊」というネーミングセンスはいかがなものかと思う。もう少し柔らかい「寝過ごし」という言葉が主流になれば良いのに、と的外れなことを考えながら自分の席へ歩いていると予鈴が鳴り響き羽鳥が教室前方の扉から入ってきた。
2日目ともなればそれなりに仲の良いグループができ始め、予鈴では席に着かない者も多くなる。
話が途切れず友人と離れがたいのだろう。惜しみつつゆっくりと席に戻る姿をよく目にするようになった。
「美都、おはよー」
同じく本鈴が鳴る直前で席に戻ってきたあやのが横を通り過ぎながら美都の後ろの席へつく。
「おはよう。昨日、あの後大丈夫だった?」
「うん。なんでか知らないけど『帰ってくるのが遅い!』って怒られたくらい。それにしても美都って意外と心配性なんだねぇ」
彼女の言葉に苦笑する。
あの後、あやのは何事も無かったかのように部活へ合流したようだ。スポット内に捕らわれていたためか時間経過の間隔が無かったらしい。
心配するのも当然で、美都がスポット内で彼女を見つけた際には苦しそうに呻き声をあげていた。もっとも彼女にはその時の記憶はスポットを出たあと既になかったようだが。
そんなことを考えていたら黒板上部に設置してあるスピーカーからけたたましく本鈴が鳴り響いた。
羽鳥が淡々とホームルームを始める。
今日から本格的に授業が始まる。特に美都たち3年生にとって受験に関わる大切な年だ。教師たちも気合が入っているに違いない。
「それと、昨日話した三者面談の件についてなんだけど。用紙を配るのでそれに希望日時を書いてもらってください」
昨日美都が回避した三者面談だ。前の生徒から用紙が回ってくる。この件については既に羽鳥と話はついているので昨日よりは気持ちが軽い。
問題は自分の進路のことだ。これはその時に羽鳥に相談しよう。
「お前、これどうすんの? 円佳さんに頼むの?」
左隣の席に座っている和真がおもむろに美都に訊いた。その問いに首を横に振って応える。
「先生にはもう話してあるの。わざわざ円佳さん呼ぶのもなって思って」
「おふくろなら嬉々として行くぞ」
「それじゃもっと意味わからなくなるじゃん……」
冗談なのか本気なのか解らない和真の言葉に、呆れ気味に相槌を打つ。
「なあ、四季と親戚なんだろ? どこでどう繋がってんだ?」
昨日随分親しくなったのか、和真は既に四季といろいろ話をしているらしい。
もともと好奇心の強いタイプではあるのでこういう質問が来るのも不思議ではない。
それに和真は幼馴染だ。急展開に彼も疑問があるようだ。
「あー……わ、わたしも良くわからなかったんだよね。なんか複雑で」
「……ふーん」
煮え切らない美都の回答に、和真は納得していないようだ。
それでも茶を濁すように美都は言葉を続けた。
「ま、まあ遠い親戚なんだよ。それより和真こそ昨日四季と何話してたの?」
「部活のこと。サッカー部に入ってくれって言った」
女子生徒たちの予想は当たったようだ。彼は割と強引なところはあるが無理強いはしない。だが昨日の様子を見る限り四季もまんざらではなさそうだったのでほぼ確定だろう。
そんな雑談をしばらく和真としていると、いつの間にかホームルームが終わろうとしていた。
(! そうだ……)
1限目は数学だ。始まる前に凛のところへ行けるだろうか。昨日のことに加え今朝のこともある。謝りにいかなければ。と思った矢先、羽鳥からホームルーム最後の連絡事項があった。
「佐藤先生の都合で1限目の数学と4限目の国語を入れ替えます。なのでこのままわたしの授業に入ります。不都合が無い限り、プリント配ったりするからなるべく教室にいてね」
佐藤先生とは数学の教師だ。学年主任を兼任しているため何かと忙しいのだろう。
進級して一番最初の授業は何かと配るものが多くなるのは必然だ。凛の教室へ行くのは諦めるしかない。ただ2限3限とも移動教室なので彼女に会えるのはお昼頃になりそうだ。運が良ければ廊下ですれ違う事は出来るが長話は無理だろう。
申し訳ないと思いつつ、美都は1限目の準備を始める。
鞄の中から教科書を取り出していると目の前で人が立ち止った。
教室内にいれば出歩いても良いという判断からか生徒たちはまだまばらに動き回っている。そのため席の間を人が通過するのは珍しくない。
ただ、その人影は通り過ぎるするわけでもなく自分の前から動こうとしない。ということは自分に用事があるのかと思い少し遅れて顔をあげようとしたところ、ちょうどそのタイミングで自分の名前が呼ばれた。
「美都」
このクラスの男子生徒の中で自分の名前を呼ぶのは2人しかいないと記憶している。
和真なら横から話しかけてくるはずだ。ということは、と察した瞬間顔をあげると予想通り目の前には四季が立っていた。
「な、なに……?」
立って並んでいても身長差がそれなりにあるのに、自分が座っているとより威圧度が増す感じがする。
少しだけたじろぎながら疑問符を投げかけると、四季はその手に持っていたものを差し出した。
「これ。弥生さんから」
「──?」
コン、という軽い響きと共に四角い形をした手のひらサイズの缶が置かれた。
「じゃ、渡したから」
「え? あ、ありがとう」
何の説明も無しに端的に用件だけ伝えると、四季はそのまま踵を返し自分の席に戻っていった。
渡された缶を手に取る。上部に蝶番があり開閉できるようになっているようだ。
背後から始終を見ていた、あやのを始めとするクラスメイト達が興味津々といった風で想い想いの言葉を口にする。
「何もらったの?」
「ねぇ弥生さんって誰?」
「っていうか呼び捨ていいなー」
手渡された缶を耳元で振る。するとやはり軽い音がした。
ここで開けても良いものか迷ったがわざわざ今渡しに来たのだから問題ないのだろうか。それよりも隠した方が後々クラスメイト達に追求されそうだ。昨日の今日なので彼女たちはまだ色めき立っている。
気付かれない程度に苦笑し、少々躊躇いながら蓋を開ける。
「……? 絆創膏だ」
「なんで絆創膏?」
四季が『弥生から』と言って手渡しされた缶のなかには様々な大きさの絆創膏が数枚入っていた。
彼女は昨日負傷した美都の傷に気づいていたのだ。恐らくは今朝渡そうとしたところいつまで経っても自分が現れないので、四季を中継役にしたというところだろうか。帰ったらお礼を言わなければ。
クラスメイト達が疑問符を浮かべていると、その間を縫って春香が現れた。
「おーい美都。凛が来てたの気づいてなかったでしょ」
「え、ほんと!?」
春香の言葉に驚いて廊下の方を見るがその姿は既になかった。
「向陽くんと話してたの見てそのまま帰ってったよ」
やってしまった。目の前のことに集中していたため凛の存在に全く気付かなかった。何も言わなかったということは色々察したのだろう。
自分がまだ何の説明も出来ていないため誤解を与えていないと良いのだが。
「なんだか凛とすれ違ってる気がする……」
「まだ話せてないの?」
「うん……」
今朝の原因は自分にあるが、どんどん説明する機会が後伸ばしになっていってしまっている。
せっかく今もわざわざ来てくれたのに気付かなかったのは申し訳ない。
「まあ、また機会はいくらでもあるでしょ。凛は美都に対して過保護すぎるくらいなんだからちょうどいい距離なんじゃない?」
「そうかなあ……怒ってないといいけど」
とは言え校内でのスマートフォンの使用は緊急時を除いて禁止となっている。そのためフォローの連絡も入れようがない。
打つ手なしかと落胆したときちょうど1限目の授業開始の本鈴が鳴った。生徒たちはパタパタと自分の席に戻り、羽鳥が手際よく授業に必要なプリントを配り始める。
前方よりまわってきたそのプリントを確認すると何やら家系図のようなものが載っていた。次いで羽鳥が授業開始の口火を切るように話始めた。
「全員、プリントは受け取った? 3年生最初の授業は古文読解だ。教科書7ページに載ってる『平家物語』から始めます」
名前だけは聞いたことがあるが具体的な内容は知らない。平家というくらいだから源平合戦のことだろうかと思考を巡らせる。
「その中の一章『木曽最期』が取り上げられている。源平合戦は社会でやったね? 源頼朝と平清盛が良く取り上げられるけど、もちろんそれだけじゃない。じゃあ配ったプリントを見て」
羽鳥の号令で生徒たちは一斉に家系図が描かれている用紙に視線を移す。
如何せん歴史が得意ではない美都は、知ってる名前を探すので精一杯だった。
「皆が良く知ってる鎌倉幕府を作った源頼朝には兄弟や従弟が多かった。今回の話のメインは頼朝の従弟である源義仲──木曽義仲の話だ」
そのまま授業は進んでいく。ひとまずはその用紙に書いてある家系図を見ながら羽鳥の説明を聞き、板書をする。
教科書には初見では読むことの難しい文章が並んでいる。古典とは独特だ。
彼女の説明によると古文には二種類あるらしい。物語と軍記。今回は後者のようだ。
軍記とは史実に基づいて描かれた歴史書のようなものだ。だからこそ日本史と照らし合わせるのが良いのだろう。
朗朗と語る説明を耳に流し板書を進める。
「木曽義仲の下には、この時代には珍しい女性の武将がいた。それがここに描かれている巴御前。義仲は最後の戦いで自分の死期を悟ると彼女を逃がしたという」
教科書に書かれた文章を現代語訳すると「死ぬ時に女が傍にいたとなったら恰好が悪いからお前はどこへでも逃げろ」ということになるらしい。
直訳すると義仲の保身のためともとれる文章だが実際はそうではなかったのだろう。
巴御前はその後に「ならばせめて最後の戦いを」と敵武将の首を落としていった。ここまでが教科書に載っているあらすじだ。
(巴御前……格好いいなあ……)
戦乱の世、男性優位の中で凛々しく戦場に赴く姿を想像する。
その時代を見ることは到底無理な話だが、彼女は強かったに違いない。
自ら切り込んでいく姿は勇ましい。
(……私も、強くなれるかな)
巴御前のように。強い女性になりたい。
それこそ宿り魔に怯まない勇気が欲しい。
「この時代は近親間の戦いも珍しくは無かった。木曽義仲にしても討ったのは従弟の義経。その義経も最後には兄である頼朝に追い詰められた。これは余談だが義経には静御前と言う白拍子の愛妾がいた。彼女もまた戦乱の中で──……」
ここまで来ると確かに科目的には社会になりそうだ。家系図等の資料がなければ読解は困難だろう。
特に歴史に詳しいわけではないのだが、羽鳥の説明はわかりやすいと思う。板書をしながらでもしっかりと耳に入ってくる。
一通り書き写したあと、美都はシャープペンシルを顎に当てながら今後のことを考えた。
まずは次、宿り魔に遭遇したときに守護者として戦えるか。
昨日は動揺してしまったが、彼らの狙いは対象者の心のカケラだ。そういう性質があるかは不明だがおそらくそれに執着している。
そう言えば弥生は宿り魔のことを『物を憑代にして形どる魔物』と言っていた。昨日のアレはおそらくバスケットボールだろう。春香のときは塾のトートバックだった。
問題はいつ憑依したのかだ。目視できるのか、否か。そしてそれがいつ宿り魔となるのか。
結局は自分の目で見なければわからないのだろう。
「…………」
美都はため息をつき小さく頭を振ると、再度授業に集中するために姿勢を正した。





頭をフルに回転させた4限目の数学の授業が終わった。
数字に強くない美都はやっとのことで解放された安心感でそのまま机に項垂れた。それでもまだ頭の中には数式が残っている。加えて空腹のため上手く頭が働かない状態だ。
そんな美都を横目に、春香が彼女に声をかけた。
「おつかれー。給食、3人で一緒に食べない?」
「うん……ねぇ春香、今度今日やったところ復習させて……」
「いいよー」
春香は頭がいい。中学に入ってから度々助けてもらっている。
すっかりと疲れ果てている美都を見てあやのが驚いたように呟いた。
「美都って勉強得意なんだと思ってたよ」
「全然だよ……中の中だもん。全部平均点」
「それはそれですごいというか」
と謎の感嘆をされながら自分の机を回転させ、あやのの机に寄せた。
自分の席で食べる者もいるが特に決まりはない。春香は椅子だけ移動させて来るとふたりの机の境目の横に位置づけた。
その足で3人一緒に配膳の列に並ぶ。
「授業初日からけっこうハードだよね」
「移動教室なのに授業は押すしねー」
春香とあやのの会話を聞きながらそっと頷く。そのおかげで休み時間もろくに取れなかった。
教室移動の際に凛と話すチャンスを窺うつもりだったが目論見が外れた。
結局昨日から話が出来ていない状態が続いている。
今度こそ給食を早く食べ終えて彼女の元へ行かなければ。相当機嫌が悪くなっていそうだ。
そんなことを考えながら流れ作業で配膳の列が進み、2人の後を追うように再び席へ戻る。
彼女たちの話は途切れず、次から次へと話題は変わり仲の良さがわかる。そう言えば、と眼前の2人を見ながら思い出したことがあった。
偶然にも彼女たちはどちらも宿り魔の対象になっている。2人に共通する事は、と考えて美都は口を開いた。
「ねぇバスケ部って今何人いるの?」
手元にある食事に手を付けながら、美都の質問に2人は顔を見合わせた。
「何人だっけ?」
「えーと、3年生が9人、2年生が13人だった気がする。新入生がどれだけ入ってくれるかかなー」
9人となると各クラスに1~2人いることになる。
3年生のバスケ部。このクラスには彼女たち以外にはバスケ部員はいない。となると次の対象者次第でこの共通事項が変わってきそうだ。
自分の中で咀嚼した後、次の質問に移る。
「最近部活内で変わったこととかない?」
美都の質問に首を傾げながらまずはあやのが答えた。
「特にないよ? 顧問が変わったー、とかも無いし」
「まあ昨日あやのが珍しくサボったことくらいかな」
「だからそれはー、保健室行ってたんだって」
「それにしては戻ってくるの遅かったよね。美都にも探してもらってたんだから」
春香が茶化すようにあやのに言う。昨日春香と会った時の口ぶりだと相当な時間戻っていなかったことになる。その理由を知っているのは自分だけだ。あやのはすっぽりと記憶が抜けたように部活へ戻ってきたらしい。
「──保健室のあと……、何かなかった?」
この質問はおそらくだいぶ際どい。下手すればフラッシュバックのようなものが起こるかもしれない。
少し緊張気味に彼女に訊いた。
「そういえば……目眩みたいなものがあったかも。渡り廊下に落ちてたボールを拾った後だから立ちくらみだったのかなあ」
「──! ボールを拾った……?」
「うん。で、気付いたらいきなり美都が横にいてびっくりしたの」
その瞬間にスポット内部に引き込まれたのは間違いない。ということは、『宿り魔の憑いた無機物に触れる』ことがトリガーになるのだろうか。
難しい顔で食事を食べ進めていたところ、美都の様子を不思議に思ったのか春香が口を開いた。
「なんか美都、探偵みたいだね」
「え、そ、そう? ちょっと気になっちゃって」
「そんなことより、早く食べて凛のところ行くんじゃなかったの?」
「あ、そうだった……!」
春香の言葉を受けて、思い出したように食事のスピードをあげる。
そのやりとりを見ていたあやのがおもむろに口を挟んだ。
「夕月ちゃんって本当に美都のこと好きなんだねぇ」
「もう長いこと一緒にいるよね。私が美都と仲良くなったのが小4のときだから、その前ってことでしょ?」
彼女たちの会話に耳を傾けながら、美都はその内容に頷く。
「小2のときかな。たまたま帰り道が一緒になったの。話をしてるうちに仲良くなって……そこからかな」
お互いに一人で帰っていたときだった。たまたまいつもと違う道で帰ったときに出逢ったのが凛だった。
今でも鮮明に覚えている。彼女は生まれ持った髪と瞳がコンプレックスで同級生と馴染めずに泣いていた。
そこに偶然通りかかった自分が声をかけたのだ。
「夕月ちゃんってハーフなんだっけ?」
「クォーターだよ。おばあちゃんがフランスの方なの」
初めて声をかけたとき、警戒するように自分を見つめてきた。
今思えば相当嫌な思いをしてきたのだろう。
この国の小学校では自分達と違うというだけで、疎外の対象になる。
「今だからこそ皆変わらず接してるけど、凛はあの容姿だから目立つでしょ? そのせいで奇異な目で見られるのが嫌だって言ってた」
「そうなんだ。大変だったんだね」
「中学校入る時も、それはそれはナイーブだったよね」
第一中学は複数の小学校から成るため、他の小学校から来る同級生と馴染めるか心配していた。
案の定、最初のうちは物珍しそうな目で見られていた。状況的には今の四季と似ている。
しばらくしたら順応するものの、凛は己に向けられる視線に居心地の悪さをずっと感じることになるのだ。
凛は美都に全幅の信頼を置いている。だからこそ美都も彼女の傍にいる。
同情などではない。ただあの時から決めたのだ。
回想に浸りそうになるのを振り切り、最後の一口を飲みこむ。
「よし、ごちそうさまでした。じゃあ凛のところ行ってくる!」
「いってらっしゃーい。凛によろしく」
半ば急ぎ目に席を立ち、給食で使った食器を片づけるため教室の前方へ移動する。
スピーカーの上に設置してある時計を確認すると、意外と時間が経っていた。だがそれでも昼休みの時間はまだ猶予がある。
その足で教室から出ると、凛のいる4組へ向かった。
廊下には既に給食を食べ終えて親しい友人と談笑する生徒が幾人か見受けられた。その生徒たちの横を駆け足で通り過ぎる。6組、5組をあっという間に後にすると4組の教室に差し掛かった。
ちょうど教室後方の扉が開いているため、そこから顔を覗かせる。
(あれ……?)
いつもならすぐに見つけられる。しかし一通り見渡したがどうやら凛の姿が無い。
不思議に思っていると背後から声がかかった。
「……もしかして夕月さん探してる?」
その声に反応して振り返ると眼鏡をかけた三つ編み姿の少女が立っていた。
見覚えがあるが咄嗟に名前が出てこない。だが彼女の問いかけに応答する。
「あ、うん。どこに行ったか知ってる?」
「夕月さんならちょうどついさっき先生に呼ばれて職員室に行ったところだよ」
「そっか……」
またすれ違いだ。今度こそ話せると思って来たので肩を落とす。
その雰囲気を感じ取ったのか、目の前の少女が美都に言葉を続けた。
「わたし今から職員室行こうと思ってたから伝えておくよ。月代さん7組だっけ」
「ありがとう。うん、7組」
「わかった。それじゃあまた」
少女は用件だけ言葉を交わすと、すぐにその場から立ち去った。
おかげで名前を聞きそびれてしまった。向こうは自分の名前を知っていてくれていたのになんだか申し訳ない。後程凛と会ったら名前を聞いておかなければ。
美都はその場に立ち尽くした。
それにしても、今日はとことん凛と会えない日らしい。同じ校舎内にいるはずなのにこんなにすれ違うのも珍しいのではないだろうか。
自分の責任が大半を占めているので仕方ないといえば仕方ないのだが、ここまで来ると何かに阻まれている感じがしてくる。
これは直感だが、なんとなく帰りの時間まで会えない気がするのだ。そうなると丸一日会っていないことになる。
「…………」
近くにいるはずなのになんだか遠く感じてしまい、小さく溜息を吐く。
それは恐らくお互いの存在が思っているよりも大きいからだろう。
凛に会ったらいの一番に謝ろう。
そう心に決めて、美都は自分の教室へと踵を返した。