佳乃はこの店の小さなガスコンロに置かれた鍋の前で、両手を腰に当て悩んでいた。

ーーーう〜〜ん…
これを出すべきか… 出さざるべきか… 

先週はタケさんに5日間も連続でたらこスパゲティーを食べさせてしまった。

ーーーここはもうタケさんの健康と長生きのためにも、出すしかない!

意を決して、"念" という最後のスパイスを送り込み、その鍋に蓋をした。


昼時、心無しか少しビクビクした様なタケさんが来店し、そそくさとお決まりのカウンター席に腰を落とした。

無言で佳乃を見上げてくるが、

"ランチ" の一言は出てこない。

「タケさん。
今日は新メニューですよ」

とたんにタケさんの目が生気を取り戻し、キラキラと輝き出した。

「 ほんと…っ?   やったーー!!」

ーーーあ、これは相当キツかったんだな…

申し訳ないが笑いが込み上げてきそうになったので、急いでランチの準備に取り掛かった。

一週間連続たらこスパゲティーで辛くても、週が明けてまたすぐに来てくれるなんて、本当に有り難い事である。

「 はい、どうぞ。
新作の "夏野菜たっぷりキーマカレー" です!」

7月も中盤になり、すっかり太陽がギラギラと強く照り付けるようになった。

涼しい雀荘の住民であるタケさんだが、夏バテ対策として、野菜たっぷりで健康バランスの良いメニューを考えたのだ。

「う〜わ〜〜!! 美味しそう〜!
… ありがとう…   ありがとう! 佳乃ちゃんっ!!」


"6日ぶりの違うごはん" というスパイスの効いたキーマカレーは、この日以来タケさんの中で特別なメニューとして心に刻まれた。

下拵えでカット済みの野菜を油で炒めて、作ってあるキーマカレーにのせるだけだ。
佳乃に取ってもこれは良いメニューだ、とお昼時を過ぎる頃には改めて確信した。