ーーー面倒な事に巻き込まれた。



せっかく腹を空かせて佳乃の店に行ったのに、試作は食べ損ねるは、おかしな客に掴まるはで、海星はかなりイライラしていた。



とりあえず何か腹に入れようと繁華街の方へ向かっていると、ポケットの中のスマホが震えた。


"  ショウヘイ "


「 はい。」


『海星? 今大丈夫?』


「ああ 」


『前話してた兄貴の店が来週オープンなんだと。
土曜にプレオープンパーティやるらしいから、海星も呼べとさ。 行けるか?』


パーティなどと言う響きの類は嫌いな海星だが、タケルの兄には世話になっている。



昔から自分の店を持ちたいと言っていた、念願のその店のオープンなのだ。


流石に行かないという選択肢は無かった。


「あぁ、行くよ。 」


『りょーかい、 んじゃ8時くらいに迎えに行くわ』


ショウヘイは、海星が唯一心を許せる友人だ。


中学からの付き合いで、悪いことも共にした仲間だが、どこか一つ筋の通った様な男で、海星の心の内側の部分もなんとなく理解されている様な、居心地のいい人間だった。



オープンが決まったという話で、
さっきまでのイライラは塗り替えられすっかり足取りが軽くなったのを自身も感じていた。




土曜日。

ショウヘイと共に真新しく重い店のドアを開いた。


たばこやアルコールや香水やらを目一杯含んだ空気が隅々まで充満して、人が新たにその空間に足を踏み入れる度に、淀んだ空気が外に押し出されるようだ。


ドアを開けた瞬間帰りたくなる衝動に襲われたが、祝いに来て店にも入らず回れ右とは、さすがの海星にも出来ない。


顔をしかめながらショウヘイの後に続いて奥へと進むと、バーカウンターの中で招待客と談笑している男が、こちらに気づいて大きく手を上げた。


「よお! 海星!!」


「コウタ君」


口ひげをはやし、朗らかな笑みで近付いてくるのが、本日の主役、このバーのオーナーであり、ショウヘイの兄のコウタだ。


「おめでとう、コウタ君!」

「ありがとな! 悪いな、未成年なのにこんなとこ呼んで。」 


一応 " バー "と言う名称が付いてるが、小規模なイベント等も行うクラブの様な店である。

DJも入れているので勿論BGMも大きく、ごった返す招待客の喧騒も相まって、声を張らなければ会話もままならない。


「いや! 来れて良かったよ!」

「向こうの柱の奥に席用意したから、座ってゆっくりしてけよ!」


見ると背の高い小じんまりとしたテーブルと椅子があり、この店の中央よりも遥かに居心地が良さそうだ。


「兄貴のおごりだろ!」


ショウヘイがコウタの肩に肘をかけてニヤリと笑う。


「お前ら呼んだら俺に他の選択肢はないだろ!」


弟に掛けられた肘はそのままに、腕組みをして冗談めかして答えた。


仲のいい兄弟だ。


それを羨ましいと思った時期もあったが、まるで小さい頃から共に過ごして来たかのように、海星にも分け隔てなく接してくれたコウタには未だに感謝している。



席に座り改めて店を見回して見る。


昔、コウタが語っていた店そのものが目の前に現れたような、不思議な感覚だった。