先に帰った男が座っていた席に乱暴にドカッと腰を下ろした。


向かいの椅子で佳乃に支えられている女の手元に一瞬目をやる。


「あ… 写真…!! どの子が娘さんですか?」


海星の気が変わらない内にさっさと見せなければ、と佳乃が女を促す。


「っあ、 この子なんです… うちのエレナは。
この、右の子… 」


そのスマホの写真を海星に向けた。

佳乃も海星の横からその写真を覗き込む。



レオタードの様な物を着た女の子が二人、笑顔で並んだ上半身上からの写真だ。


かろうじて半分写っている手元にリボンのような物を持っている。

新体操部だろうか。


可愛らしくおとなしそうな、目の下の泣きぼくろと、鼻の横にあるホクロが目立つ娘と、少し目元がきつい印象の美人な娘で、そのきつい印象の方が "エレナちゃん" らしい。



「 知らない。」

「 …え… そう…。 」


一縷の希望を抱いていた母親は、海星から何の手掛かりも得られなかった事に落胆した。


「 どっちも見たことない?」


確認する様に声をかける佳乃の顔の距離が意外に近かった事に、海星は密かに狼狽えた。


「 …あぁ。 どっちも知らない。 」


この "ほくじょ" こと、北麗女子は、海星の通う "日野一" こと日野原第一高校と徒歩5分くらいしか離れていないのだ。


道ですれ違ったり、海星見物に来た事のある女性徒の中に居たとしても、正直海星にとっては藁の中から針を探すのに等しいくらい至難の業だ。



「…あの、もし見つけたり、なにか噂を聞いたりとかしたら連絡下さいっ…! 
何でもいいんです、友達の友達だとか…、

北女の2年の新体操部のエースで、名前はマスモト エレナです!  

 …これ、私の連絡先です! お願いしますっ!  」


話ながらカサゴソとハンドバッグを漁り、
2枚の名刺を取り出し海星と佳乃の前に並べた。



「 私が出会う確率は低いかも知れませんが… 何かあったらご連絡しますね 」


「ありがとうございますっ!  
それじゃあ、私そろそろ娘を体操クラブに送らなきゃ行けない時間なので、これで失礼します。

本当に… ごめんなさいね…っ
騒がしくしてしまって…。
でも…っ 母娘で小さな頃から頑張ってきたんですっ! オリンピックに手が届きそうな所で、こんな…っ!!
…どうか、よろしくおねがいしますっ!」


涙ぐみながらテーブルに千円札を置いて、慌ただしく出て行ってしまった。