「 やっぱ佳乃ちゃんのたらこスパゲッティはうまいな〜〜!」


"金曜日の常連さん" から、"ほぼ毎日くる常連さん"になった、たけさんが、今日もカウンターのいつもの席で、たらこスパゲティを頬張っている。


たけさんはもう4日間、ランチはたらこスパゲティだ。



流石に気の毒なので、佳乃は超特急で2品目の研究に勤しんでいる。



初日と、一日空けて昨日のランチタイムに来てくれたゴローさんは賢明だと思う。



既に一昨日の閉店後から新たなメニューの試作をしているのだが、なかなか自分の中でGOサインが出せない。


もうちょっと妥協できる性格なら話は速いのかもしれないが、これはもう昔から変わらない性分なのだ。


アンカサを切り盛りするようになってから、忙しくてお誘いを断ってばかりの親友からは、

"日本最大級のレシピサイト"
〈クッキンパット〉見ろ とアドバイスされたので、今はもっぱらお世話になっている。




時刻は夕方5時45分。


このままお客さんが来なければ、6時には店を閉めようかという頃。



"カランカラ〜ン".



「  あら? 
今日は配達… じゃないよね?」


制服姿のままの海星が、一直線に3歩でカウンターまで到着し腰掛けた。



「 お前が呼んだんだろ 」

「そろそろお腹がすく頃かなーと思って?」


昨夜、試作で遅くなった帰り道の商店街で、ちょうどシャッターを閉めている珈琲豆専門店
《アステル》のオーナー、" こうじさん"に会ったのだ。

その人こそが海星の父親だ。

かいせいはバイトか息子かどちらだろう、と思っていた謎は解けた。


「お前親父に余計なこと言うなよ」

「ただメニューの試作の話と、最近配達は若い人ですね〜って話しただけよ」


「  これ。 親父から」

小さな紙袋をポスンとカウンターに出した。

「 なぁに? 」

「試供品だと。 」

開けてみると、黒い珈琲豆の真空パックと、

『アラビカ フェアトレード スマトラ産』

と、手書きで書いた小さなメモ紙が入っていた。


この店で最初に創太郎に聞かされた話を思い出して、まだ一ヶ月も経ってない最近の話なのに、なんだか懐かしい気持ちになってジンと来てしまった。


「  嬉しい! 今日はこれをいただこう!
ちょっと待って、すぐ淹れるから。」



ゴリゴリとミルで挽くと、独特の甘い香りが広がった。



その香りだけでうっとりしていると、




カランカラ〜ンと、またドアが開く音が響いた。