それから3、4日経った
《カフェ アンカサ》


兼ねてから必要だと思っていた、
 "フードメニュー"をお披露目するべく、
佳乃は朝から下拵えに勤しんでいる。


佳乃は、創太郎の様な

"てきとう" "目分量" "なんとなく" 

などで物事をやってのけられる人種ではない。


念入りな下調べと準備が何事にも必要な質なのだ。



先週の内に常連さんには告知してあるので、この日は珍しくお昼時からカウンターが一杯になった。



告知したんだから当たり前だが、全員が初のフードメニューを注文していく。



オーダーが3つ重なった所で、気が遠くなりそうになったが、何とか気合で乗り切った。


佳乃が店主(仮)になってから、アンカサで出す初めての食事だ。



メニューは《たらこパスタ》


下拵えで作って置いた"たらこソース"にパスタを混ぜるだけなのだが、お昼時を過ぎて一段落ついた頃のやりきった感は相当なものであった。



一つ実現すると今度はこれが必要、とか、あんな料理があれば喜ばれるかも、などアイディアだけならポンポン出てくるが、如何せんそれを簡単に一皿にするスキルがない。




"  カランカラ〜ン  "





午後のお客さんが途切れた緩やかな一時をそんな風に過ごしていると、レトロなドアベルが来客を告げた。



「  いらっ…   あ。」




スラッとした高身長の若い男が、ズカズカとカウンターまでやってくる。



"そのさんのかばん" と、私の重たい荷物を運んでくれた、あの出会い最悪高校生である。



「っあ! あの… この間はありがとう! 」



「これ、今週の珈琲豆。」



ズシリとした紙袋をカウンターに置く。




「あ、配達? ありがとう。 
 えーと、サインサイン」



"相田 佳乃"



「 年寄りみたいな字… 」

「えっ?」


「  じゃ… 」


何気に失礼な事を呟き、さっさと退散しようと踵を返す。


「いや!ちょっと待って!! 若者!!」


「 あ? 」



咄嗟に呼び止めたが、そういえば彼の名前はまだ知らない。



「前は… そのー、ごめんなさい!
 
初対面の時感情的に色々酷い事言ったたでしょう?  
大人として…あるまじき言動だったと思う…。

本当にすいませんでした!」


勢いよく頭を下げる佳乃を見て、海星は腕組みをして見下ろした。


「 大人ねぇ… 
俺にはただのお人好しのおっちょこちょいにしか見えないけど 」



フンっと唇の端を上げて、小馬鹿にした様に言った。



「 お人好しは… まぁアレだけど… 
おっちょこちょいではないよっ!
そういうあだ名は無かった! 」


「お人好しのあだ名はあったのか。
 …あー、 名前も "よしの" だもんな 」


さっきサインした伝票をヒラリと取り出し、名前を確認している。



「あのねぇ… そう言う話じゃないの! 

私はこの間の事きちんと誤りたかっただけだから! 

もういいよ誤ったから。 
気が済んだので、どうぞ配達をお続け下さい 」



仕事のデキるコンシェルジュの様な格好で出口のドアを示す。


そんな佳乃を更に上から見下ろす様に、海星がカウンターに肩肘をついた。



「へぇ〜、俺はまだ気が済んでねぇけど。
この前のお礼もされてないし。

アレで気済んだか何だか知らねぇけど…

なぁ? オトナの"よしの"さん?」