3日目の朝、この日は梅雨らしいどんよりとした空から、小粒の肌に張り付くような雨が弱く降っていた。


雨でも日野原駅から店までは自転車に乗ると決めていたので、折りたたみ傘とレインコート、着替えも準備して家を出る。



レインコートは思ったよりサラリとして快適だった。


ーーーうん、これくらいの雨なら全然いけそう




「おはよ」


今日もカウンターで新聞を読みながらダラダラしている創太郎に、ドアから上半身だけ出して声をかけた。


「おー。 なんだ、今日はねずみ男か?」


グレーと白のチェックのレインコートのフードまで被った佳乃を一瞥して口を開く。


「おしゃれなお店で買ったやつ!!」




ドアの外でレインコートを脱ぎ、軽くタオルで体を拭いて店へ入った。


「さてさて、今日の佳乃ちゃんの珈琲の味やいかに」



一体何の記事にそんなに興味があるのか、新聞からは目を離さない。

「はいはい、 ヤングでフレッシュでまろやかな珈琲をお淹れしますよー」


「薄くてパンチのない味にならない様にお気をつけ下さい」



ムキーーっと思いながら佳乃は準備を始める。

3日目ともなると、店の設備や器具にも慣れてきた。


昨夜もグーグル先生で仕入れた珈琲雑学がある。


密かに "コーヒー、薄い、パンチが無い" で調べてきてるので、頭の中での対策はバッチリだ。


「どうぞ」

昨日より幾分リラックスしてカップを差し出した。


「 …。  うん。 成長してるな…」

「ほんと!!? 美味しくなってる?!」


嫌味と冗談の一つでも言われるかと思ったら、意外にも褒められた。



「深みとか、面白みはまだ無いけど、確実に成長してんじゃないの? 昨日ともまた違うよ。」


「やったーー! 嬉しい!」


「まっ、3日間文句も言わず真面目〜に頑張ったからねぇ。俺の弟子1号を名乗ることを許す!」


ようやく新聞を畳んで視線を合わせた。


「弟子1号はいらないけど、これからも修行はしっかり続けさせていただきます〜。
なんか楽しくなってきちゃったんだ、珈琲。」



調べれば調べるほど一杯の珈琲の奥深さを知り、日々変化する珈琲の味も感じられるようになってきた。



「頼もしいねぇ〜、心置きなくこの城を任せられるよ」



「何言ってんの。まだまだお客さんに出せる珈琲じゃないし、フードだってあるでしょう?一人でなんてお店まわせないよ」



納戸から掃除用具を取り出しながらふと思い出す。


ーーーそうか、あと一週間で私ひとりなるのよね…



呑気に珈琲の修行だけしてる訳には行かないと気持ちが焦った。