「えっ? …明日からですか…?」

もうすぐ陽も沈み始めようかという午後のまったりとした空気をまとう、小じんまりしたオフィスに、やけにその声は浮いて聞こえた。


「うーん…、もう、どうにもなんなくなっちゃってさ? 
いや、ごめんね? 
急なんだけどさ、まぁでも俺だってがんばったんだよ〜っ!このご時世にさぁ!」

背の低いひょろりとした男が大げさに残念そうにそう告げる。

「社長…。」

社長と呼ばれた華奢な中年の男は、
突然、バサッと頭を深く下げた。


「本当にすまん!!
佳乃ちゃんが一生懸命頑張ってくれてたのはわかってる!!
だけどさ! 
立ち行かなくなっちゃったんだよぉ〜。知ってるだろ?俺だって危機を脱しようと色々やったさ!
でもなぁ… ベストセラー倒産って言うの?
あれにハマったよなぁ〜〜!!」


涙目で、かぁ〜〜!っと悔しそうに唸る社長を目の前にして、相田佳乃は混乱と小さな社長の不憫さに何から言葉にしていいのかわからなくなった。

「あの…他のみんなは知ってるんですか?
誰もいないけど…」


狭く雑然としたオフィスをチラリと振り返るが、そもそもこの無名の小さな出版社には、従業員など社長を含めても5名しかいない。

しかもその内の一人は、一ヵ月前から出社すらしていないので、実質4名の会社なのだ。


華奢な体をすぼめて、ストンとデスクチェアに腰を落とした社長は、無理やり天井まで積み上げられたダンボールに目を向けた。

「みんなには昼前に言ったよ。
笹野さんなんてさ、”そんな気してましたけどね"だってさ。 
まぁそうかも知れないけどさぁ〜〜っ!!」


バンッと音がなる程、広いオデコをデスクにぶつけながら突っぷした。

笹野さんとは40代後半の主婦のパートさんだ。
ぶっきらぼうな物言いを、優に想像できる。


「いや…
事情はわかりました、危ないのはみんなわかってた事だし、社長が必死に起死回生の為に頑張ってたのもみんなわかってますよ…」


「…そう…?優しいなぁ〜、佳乃ちゃん。やっぱ佳乃ちゃんをこの会社に誘ってよかったよ!俺の見る目は間違ってないっ!」

社長の見る目は間違っていなかったかもしれないが、佳乃の見る目は間違っていたと言えよう。

いい年したおじさんが涙で濡らした顔をガバッとあげて、うるうるした目で見つめてきたのでギョッとした。



「で…、私はどうすればいいんでしょうか…」

「いやいや!! 後片付けの事とかはいいから!
俺が最後までやるからさ。

今月分の給料も少ないけど、日割りできちんとだすから! 
こっちの事は気にしないでいいからさ!!」


ブンブンと手を振りながら心配ないというが、そういうことを心配している訳ではない。


そう告げようとした佳乃に一瞬先んじて、
社長の骨ばった両手で勢いよく手を握られた。