ああ、違う。

 クロードはこれまで一度たりとも、ロゼリエッタと視線を合わせていてはくれなかった。視線を合わせたくて、ロゼリエッタが一方的に見つめていただけだ。

『そんな顔をしないでクロード。もう少しの辛抱なのだから』

 ふと、夜会で聴きたくもないのに聞いてしまった言葉が脳裏をよぎった。

 あれは、こういう意味だったのだ。

 もう少ししたら、ロゼリエッタとの婚約を解消できると。


 ただでさえ脆かった足元が一気に崩れ落ちた気がした。

「私、は……どうしたら、良かったのですか」

 無力感に苛まれ、自嘲気味な笑みが浮かぶ。

 心のままに泣いていても、無理をしてまで笑っていても、何をしても、クロードはロゼリエッタを選んではくれない。

 美しいバラではなく、ひっそりと咲く白詰草では最初からだめだったのだ。


 恋をする相手に選ぶつもりがないのなら優しくなんかしてくれない方が良かった。

 ただ都合が良いから傍に置いているだけの、本当は邪魔な存在なのだと態度でも示してくれていたら、得られるはずもない愛情を求めずに済んだ。

 いや。それでもロゼリエッタはクロードに恋をして、今よりもっとみじめな想いを抱いていたに違いなかった。


 悲しい時ほど、そうと気がつかれないように笑って来た。でも今は唇を笑みの形に彩ることすらできない。ただ冷たいだけの涙が頬を伝った。

「さよなら、僕の可愛いロゼ。どうか幸せに」

「クロー……ド、様……」

 幸せにとは、どういうことだろう。

 ロゼリエッタはクロードがいないと幸せになんてなれない。


 それなのにクロードは、泣き濡れるロゼリエッタを置いて立ち去ってしまった。