白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

「細い首をそんなに激しく振ったら、小さな頭が転げ落ちてしまいそうだね」

 またしても後ろからかけられた声にどきりとした。

 胸に抱えた本をお守りさながらに抱きしめて振り返る。

「ごきげんよう、アーネスト殿下。本日もご拝謁出来て光栄です」

「僕のことを知ってるって言ったのは本当だったんだ。こんにちは、マチルダ・グランハイム嬢」

 むしろ自分の名前を知られていることにマチルダが驚いた。

 昨日、お互いに名乗り合ってはいない。目をしばたたかせているとアーネストは笑った。

「昨日渡した本を読み進めたら疑問を抱く部分があるだろうなって思ったんだけど、当たりかな?」

「は、はい。第二章の中節の辺りがよく分からなくて……」

「ああ、やっぱり。そこ分かりにくい表記だよね」

 笑顔のままアーネストは手近な白木の丸テーブルにマチルダを促した。二脚の椅子が向かい合って置かれた小さなものだ。マチルダの手から本を移し、あろうことか直々に椅子まで引いてくれる。


 まるで侍従のような動作に戸惑っていると「他の席が良かったかな」と尋ねられた。

 好意を無碍(むげ)にするのも失礼で、お礼と共に腰を下ろす。当然のようにアーネストは正面に座った。途端にマチルダの心臓はうるさいくらいに騒ぎはじめる。静かな図書館中に響き渡っている気さえした。

 周囲からの視線も集まって来ている。アーネストがいるからだろう。どうしてマチルダと一緒にいるのか不思議に思っているに違いない。マチルダ本人も理由を教えて欲しいところだ。


 会うのはこれでまだ二度目。やましいことなんて何もない。けれどマチルダにやましい気持ちがあったのも事実で、だからこそどうにも落ち着かなかった。どうということのない会話の一字一句全てに聞き耳を立てられているようで、言葉を発することすら怖くなる。