白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

 そう言って彼は手を伸ばし、いともたやすく最上段の棚から一冊の本を手に取った。

「恐れ入ります。まだ学びはじめたばかりで、どこから手をつけたらいいのかも手探りの状態だったのです」

「そうなんだ。じゃあ先にこっちから読んだ方がいいかもしれないね」

 さらに別の本を取り、二冊まとめて差し出して来る。なかなかの厚みがある本を受け取り、けれどマチルダの意識はそこになかった。

 指先が、ほんの少しだけ触れた。そう意識しただけでたちまち熱を帯びはじめる。耳まで真っ赤に染まったみっともない姿を晒しているのではないか。心臓が急に騒がしくもなって、聞こえてしまっているような気もする。

「では失礼致します」

「またね」

 逃げるようにきびすを返す。


 本を取ってもらったのに、ろくなお礼もできなかった。

 それに気づき、後悔したところで今さら戻るわけにもいかないだろう。


 またね、と彼は言った。

 そういえばマチルダがあの本棚の辺りによくいるのも知っているようだったし、明日も――近いうちにまた会えるかもしれない。

 自然と口元が笑みを象る。

 明日がこんなにも待ち遠しく感じるのは初めてだった。

『お父様、お母様、お兄様。いかかお過ごしでしょうか。実は今日、とても素敵な出会いがありました』

 家族への手紙も無邪気に(したた)めた。

 恋を知った日だという自覚もないままに。




 翌日も同じ時間に、わずかな期待を胸に秘めて図書館へ行く。

 本はまだ全て読めてはいない。最初に読んだ方がいいと言われた本の中にも分からないところがあったからだ。

 マチルダより詳しそうな雰囲気だった。会えたら教えてもらえるだろうか。そんな不純な思いを抱いている自分に気がつき、振り払うよう首を振る。