おそらくはマチルダを愛していたのだろう。

 想いが先か、婚約が先かは分からない。

 ただ心から愛していた。でも悲しいことにマチルダは公爵に同じ想いを抱かなかった。


 ロゼリエッタにも痛いほど分かる。それは本当に本当に、悲しいことだ。


 公爵は笑みを歪め、上着の内側に右手を差し入れる。

 その手が次に現れた時、鈍い銀色に光る何かが握られていた。下から親指を滑らせると、剣呑な輝きを放つ刃が剥き出しになった。

「近寄るな!」

 ようやく公爵の背後に回り込んだ衛兵を牽制するようにナイフをかざす。

「貴様の目の前でロゼリエッタ嬢を切り裂いてやろうと思っていたが――母親と再会させてあげた方が良さそうだ」

 そして姿勢を低くし、ナイフを構えて走った。クロードはロゼリエッタを庇ったままだ。避けないと公爵も分かっている。だから正面から挑めるのだ。


 しかしそれでも、レミリアの護衛を務めるクロードとの彼我の差は埋められるものではなかった。

 クロードの右手が公爵の手首付近を下から薙ぎ払う。

 嫌な音を立てて握り込む公爵の手が緩んだ。床に落ちたナイフをクロードがすぐさま衛兵の方に蹴り飛ばす。

 鮮やかな、一瞬の動きだった。

「ロゼ、怪我はしていない?」

 しているはずがない。

 クロードに半ば見惚れていたロゼリエッタは我に返って何度も頷いた。

 だけどもう、このとても素敵な人は自分の婚約者じゃない。

 そう思うと胸が痛んだ。


 スタンレー公爵は両肩を床につける体勢で無理やり抑え込まれた。必死の抵抗で顔を上げ、クロードを憎々しげに睨みつける。彼に、そして彼の母マチルダに、耳を塞ぎたくなるほどの罵声をいくつも投げつけた。