「どうなさったの、スタンレー公爵。まさか印璽(いんじ)だけでなく筆跡も似せられていると仰りたいの?」

「その可能性も当然ございましょう」

「これ以上、陛下やマーガス殿下を愚弄なさるのはおやめなさい。どちらにしろ、フランツ王弟殿下が逮捕された時点で全ては終わっていたのよ。あなたにもう逃げ場などありません」

「愚弄など滅相もございません」

 公爵は立ち上がり、長テーブルに視線を向ける。

 ひどく緩慢な動作で歩を進め、けれどすぐに立ち止まった。

「く、くく……! っははははは!」

 弾かれたように笑い、右手で顔を覆う。

「陛下! 今すぐ公爵の身柄の確保を……!」

 あきらかに様子がおかしい。突然の変貌に状況が飲み込めないロゼリエッタの隣で、レミリアが父王に助けを求める。すぐさま衛兵が動き出した。

 しかし、スタンレー公爵の方が早かった。

「逃げてロゼ!」

 狂気に染まった笑みを浮かべて公爵が近寄って来る。

 レミリアが悲鳴のような声でロゼリエッタの名を呼んだ。


 公爵の目当てがどちらかは分からない。でも逃げたら確実に、後ろにいるレミリアに危害が及んでしまう。だからロゼリエッタはじっと動かなかった。

 もちろん恐怖はある。動けない、と言った方がいいのかもしれない。

 その一方で、信じてもいた。


 テーブルを飛び越える影がある。

 それは公爵から庇うようにロゼリエッタの前に降り立った。

「クロード様……」

 やっぱり、助けに来てくれた。


 いつも背中ばかり見ていた。

 振り向いてくれないことが寂しくて悲しくて、だけどいつだって残酷なまでに優しかった。