「せっかく夜会に二人で来たのに、体調が悪くて楽しめなかったら意味がないものね」

 押し黙っているのは体調が悪いからではなかった。心が萎んでしまったことが原因だ。でもレミリアに、それはあなたのせいですだなんて言えるはずもない。


 ――笑わなきゃ。

 今この場を笑顔で乗り切れたら、次にレミリアと会う機会は当分先だ。そうしたら、明日からまた、何も気がついてないふりをしてクロードに笑いかけられる。


 だけど現実はロゼリエッタのそんな儚い決意さえも容赦なく、粉々に打ち砕きたいらしかった。

「クロード、こんな時に申し訳ないのだけれど後で少しよろしいかしら? 西門で少し問題があったみたいなの」

「畏まりました」

「ごめんなさいね」

 どうして?


 反射的に口からこぼれそうになった言葉を懸命に飲み込む。

 クロードへというよりもロゼリエッタに向けて謝罪するレミリアを見ては、何も口を出すことができなかった。


 でも聞き分けの良い婚約者を演じなければいけないロゼリエッタは、まだ子供だという何よりの証だ。なのに中途半端に大人になっているせいで、ここで自分の気持ちを押し通すのはわがままだと理解してしまっている。


 子供のままだったら嫌われることもなく、クロードは今日は自分とだけ過ごすのだと勇ましく堂々と言えただろうか。

 言ったところで、それこそ子供扱いを受けて優しく言い包められることになるだけだろう。

「行こうロゼ。ではレミリア殿下、また後ほど」

 そうして手を引かれて歩きはじめる。手を繋いだままでいるけれど、もう先程までのような、くすぐったく甘いときめきは感じない。

 まるで身も心も、冷たい海の底に沈んでしまったみたいだった。