「ごめんなさい、ダヴィッド様」

「うん。だけど俺も保身の為に君との結婚を利用するんだからお互い様だよ」

 ダヴィッドの状況はロゼリエッタが弱いせいだ。お互い様じゃない。かぶりを振って否定する。

 ほんの一瞬シェイドに視線を向け、ダヴィッドは立ち上がった。途端に室内の空気が張り詰めるのがロゼリエッタにも伝わって来る。ダヴィッドは軽く肩をすくめ、ドアの方をはっきりと振り仰いだ。

「泣いている可愛い婚約者を慰めたいだけです。それとも――そのような行為すら認めてはいただけませんか?」

 シェイドは答えない。その反応を了承の意と受け取り、ダヴィッドはロゼリエッタに歩み寄った。

「ロゼ」

 温かな手が、泣き顔を隠す手を外して行く。みっともない顔を晒していると知りながらも、ロゼリエッタは他に縋るものもなくてなすがままにされていた。


 視界が涙で滲んでいる。

 だけど、と思う。これがロゼリエッタに見える世界そのままの姿なのだ。ちゃんとした形なんて何一つ見えていない。これからだって、ずっとそうなのだろう。


 目を合わせるダヴィッドは柔らかく微笑んだ。浮かべた表情と同じ優しさでロゼリエッタの耳元に囁きかける。

「このままもう少し、おとなしくしていて。ああ、そうだね、少しでも笑ってくれるともっといいかな」

 どういうことなのだろう。

 言葉の意味が分からなくてロゼリエッタは首を傾げた。頬にダヴィッドの指先が触れ、そっとなぞる。


 涙が拭われると世界が輪郭を取り戻した。

 だけど心を張り詰めさせたロゼリエッタには偽りで固めた姿だ。それでもダヴィッドの表情は変わらない。

 穏やかな海のように、静かに凪いだものだった。