「もし逃げ出したいのなら実行に移したとて止めはしません。お嬢様育ちのあなたが誰の手も借りず、知らない場所から無事に家まで戻れると思うのならご自由になされば良いでしょう」

 ロゼリエッタは俯いた。

 逃げ出すなんてことはまだ考えてもみなかった。

 だけど、逃走を試みたところでどうなるのか。世間知らずなロゼリエッタ一人では騎士の言う通り――あるいはもっとひどい現状になるのだろう。それこそ、あの衛兵が並べ立てた"筋書き"のようなことだって普通に起こり得るかもしれない。


 貴族のお嬢様が見くびって甘い考えを抱かないよう、先に現実を突きつけたのはきっと、正しいのだろう。

「――こちらへ」

 さすがにきつく言いすぎたと思ったのか、騎士は一瞬だけロゼリエッタを見やった。

 すぐさまきびすを返し、門から玄関に至る小径を先立って歩きはじめる。このまま一人で立ち尽くしているわけにも行かない。ロゼリエッタはその背を追った。


 手を伸ばせば簡単に届く距離なのに、けれど騎士は触れることを拒んでいる。

 泣いたら、また手を差し伸べてくれるのだろうか。


 ただ触れて欲しいが為だけの未熟な考えが脳裏をよぎった。

 本当のロゼリエッタはまだ子供だ。

 それが精一杯背伸びしても、手を伸ばしても、クロードに届かなかった。だけど子供であることを隠さずにいたら、逆にクロードが手の届く高さにしゃがんでくれていただろうか。

「代わりに、この屋敷の敷地内なら自由に振る舞って下さって結構です。ただし庭の散策はお一人ではなさいませんよう」

「お庭を見たい時は、どうしたら良いのですか」

 小径の両側には綺麗に手入れされた庭が広がっている。遠目にも色とりどりの花々が咲いているのが見えた。おそらく白詰草は植えられていないだろうけれど、それでも綺麗な花を鑑賞したら少しは気分も明るくなる気がした。