相手はたかが小娘二人と侮っていたのもあるのかもしれない。

 屈強なはずの衛兵が、ふいを突かれた勢いに押された。アイリをしがみつかせたままバランスを崩して数歩後退(あとず)る。アイリは馬車の中のロゼリエッタを振り返り、悲痛な声で叫んだ。

「お嬢様どうぞ、馬車を早くお出し下さい!」

「御者と護衛は眠らせてあるとお伝えしたはずですが……困りましたね。もう忘れてしまいましたか?」

 衛兵は嘲笑しながらアイリを振り払った。細い身体は軽々と宙を舞い、地面に叩きつけられる。そのひどい仕打ちにロゼリエッタは我を忘れて駆け寄った。

「やめて! アイリにひどいことをしないで!」

「お嬢様……本当に申し訳ありません。私が浅慮だったばかりに」

 アイリは彼らに良からぬ何かを依頼していた。

 そのことに傷ついていないと言ったら嘘になる。

 けれどロゼリエッタは首を振り、倒れたままのアイリを護るように抱きしめた。


 強く打ちつけはしたものの怪我を負ったりしてはいないようだ。温かな身体に安堵を覚え、瞳の端に涙をにじませる。

「申し訳ありません。お嬢様、私のことは捨て置いてどうぞお一人で、お逃げ下さい」

「一緒に来てくれるって、約束したじゃない」

 ロゼリエッタは頑なに首を振った。

 未だ護衛も御者も助けに来ない。ならば衛兵の言葉は事実なのだろう。もし嘘なのだとしたら彼らはロゼリエッタを見捨てたということになる。そんな事態を受け入れるよりは、衛兵の奇襲で眠らされているだけだと思う方が気が楽だった。


 アイリも自分たちを取り巻く状況を悟ったように弱々しい笑みで言葉を紡ぐ。

「私……お嬢様には他にも、お詫び申し上げなければならないことが」

「謝りたいこと?」

「お喋りはそこまでにしていただきましょうか」

 頭上に再び影が差した。

「結局、最後まで裏切ることはできませんか。とは言え、華奢なご令嬢とは言え馬車から引きずり出す作業はさすがに骨が折れそうでしたから、ご協力には感謝すると致しましょう」