「何か気になる物でもあるの? 薬草とか摘んじゃ駄目よ、マリアン先生に怒られるわ」
「分かってる」
早くこっちにおいでよといった顔をされても、エミリーはその場から動けない。彼に手を掴まれているためだ。
「手を離して、戻らなくちゃ」
「うーん。離し難いな」
口調は冗談めいていても自分を見つめる彼の眼差しは真剣で、おまけに掴んだ手をキュッと握り締められ、エミリーの鼓動がトクッと跳ねた。
じわりと頬が熱くなるのを感じながら、エミリーはぽつりと願いを口にする。
「あなたの本当の名前を教えて。このまま別れたら、次会うまであなたのことを心の中で偽フィデルって呼ぶことになるわ」
「あぁまだ言ってなかったか。俺の名前は……」
「もう、エミリーったら! 先生に見つかったらどやされるよ」
肝心な箇所が彼から発せられる前にリタの声が響き、呆れ顔でずんずん近づいてくる彼女にエミリーは焦り募らせる。
リタがエミリーの隣に並ぶ直前、握りしめられていた手がすっと離れ、彼はそのまま音も立てずに近くの彫像の陰へと移動する。
「もう、何してるのよ。……って、どうかしたの?」


