【短】「だった」


 新郎新婦のことを言っているのだろう、とやたら察しのいい自分も同じだけれど。

 僕は「うーん」と数秒考えたふりをして、答えた。

「ないな」

「だよね」

 彼女は笑う。

 正面に映るその笑顔は、よく僕が見抜いた作り笑いだった。それにも、気づかないふりをした。

 ノスタルジーに浸るのは、もうこれで最後にしたかったから。

 ほら……もうすぐ、時間だ。

「美月、そろそろ終電」

 夜が明ければ、僕と君はまたお互い背を向けて歩き出す。

 曖昧は曖昧のまま、幕を閉じる。あの頃にはもう、戻れないのだから。

「あー、うん……帰ろっか」

 名残惜しそうに会計札を持つ左手。その心もとない薬指には、シルバーリングが光っている。

 ほら……いつだって君は、誰かのものなんだ。

 別に期待なんてしていない。分かってた。昨日の夜に胸を弾ませていた記憶も、もう消えた。

 でも───

「あのさ」

「うん?」

「あの頃の話。美月にとって、俺はなんだった?」

 後味くらい、味わわせてくれよ。

 そうして眉を下げる僕を、彼女は真っ直ぐ捉えた。大人びた紺色のショールを羽織りながら。

「うん。特別だったよ、一番」