何となく、私は彼のことを知っている気がする。それは会ったことがあるからとか、そういうことでは無くて、もっと違う何かのものから。


彼は私の姿を視認すると、ゆったりとした足音を鳴らして近付いてくる。その歩き方には害なんて微塵も無くて、無意識に受け入れてしまいそうな不思議な感覚がした。


禅くんが私の前からそっと退く。彼に敵意は無いと判断したのだろう。



「ねぇあんた、怪我とかしてない?」


「…え?」



予想外の質問だ。思わず間の抜けた声が漏れてしまったが、真面目な顔で問い掛けてくる彼を見て我に返った。



「あ、うん。私は全然…」


「そう、良かった」



ふわっと笑った彼に目を見開く。優しげで、花を連想させるような温かな彼の笑顔は、やっぱりどこか既視感を覚えた。


禅くんが怪訝そうに彼を見て、頭に巻かれた包帯を指先で触る。彼に向かって声を掛けた。



「…お前」



私から視線を外して、禅くんを見つめる彼。あぁ…と何かを思い出したように頷いて「怪我はどう?」と問いを投げる。そういえば、禅くんは誰かに手当てをされたと言っていた。もしかして…。



「大分治った。
…コイツだよ、さっきの」



彼を指差してそう言った禅くんに、やっぱりと頷いて微笑んだ。



「そっか。君が禅くんを…。…ありがとう」