「大丈夫?」と問い掛けた。兄さんは笑いながら頷く。大したことじゃないよと、怪我した体を見下ろしながら、言う。


そんなわけないじゃないかと、声を大にして言いたかった。そんなに大怪我を負って、それでも尚、どうして兄さんはそんなに笑顔なんだ。憑き物が落ちたみたいに、笑うんだ。


僕は寂しかった。急に兄さんが、手の届かない場所へ行ってしまったような、そんな感覚がしたからだ。兄さんは確かに、そこに居るのに。


兄さんは「心配しないで」と微笑んで、自室へ向かった。母さんはそんな兄さんの背中を、不安そうに見つめていた。




「…大丈夫だよ母さん、兄さんもそう言ってたでしょ?」




母さんの背中を撫でながら僕は言った。兄さんが大丈夫だと言うなら、きっとそうなのだ。僕は兄さんを信じていた。それこそ、僕が兄さんへ抱いていたものは、酔狂じみた何かだったのかもしれない。


幼い頃から僕の面倒を見て、一番近くにいて、一番頼れる兄さん。僕は兄さんを、異常なほど崇拝していた。


けれど仕方ないだろう、僕にとっての兄さんはそれほど大きな人だったんだ。母さんが仕事で遅い時も、連日帰って来れない時も、寂しさを感じたことなんて一度も無かった。



兄さんがそこに居てくれたから。全ては兄さんがあって、僕は存在していた。