全てが崩れ始めたのは、兄さんが中学に上がった頃。



母子家庭で、僕の面倒ばかり見ていた兄さんは、きっと疲れていたんだ。僕や母さんにはその疲れを吐き出せなかった優しい兄さんは、それを別の場所で発散させることを選んだ。


物心ついた時から、僕に父親は居なかった。だからこそ兄さんは、僕の『兄』と『父親』、どちらも演じようとしていたのだと思う。


優しくて、頼もしい兄さんだった。幼い頃から僕の憧れで、目標だった。どんな時でも穏やかさを見失わない、正しい人だったのだ。



それなのに・・・―――



何かがおかしいと感じ始めたのは、兄さんが中学生になって、僕が小学六年になった頃。それは突然のことだった。何の前触れも…いや、気が付いていなかっただけで、何らかの前兆みたいなものは、あったのかもしれないが。


兄さんはその日、傷だらけで帰ってきた。驚いて問い詰める母さんに、兄さんは優しく微笑んで「なんでもないよ」と返した。


いつもと変わらない、優しい笑顔。けれどいつもと決定的に違う、兄さんの姿。


何より違和感を覚えたのは、傷だらけにも関わらず、兄さんが清々しい表情を浮かべていたこと。絶対に痛いに決まっているのに、そんな状態は全く顔に出さず、むしろ酷く、楽しそうだ。