「違うよ、そうじゃなくて…」



とにかく何か言わなきゃいけないと、言葉を絞り出す。何が違うのかは自分でもよく分からなくて、けれど何かが、決定的に違う。


獅貴が間違ってるんじゃない。間違ってるのは、違うのは、私の方だ。



「違くない。全部本当のことだ。何も違わない。俺が紫苑のこと好きだってことも、紫苑の本音も、全部」



「っ……」



丸ごと全て、受け入れてくれるようなことを言うから。獅貴は感情の起伏が薄くて、そういうのには疎いと思っていたのに、駄目なのは私の方じゃないか。


だって分からない。何が、分からない…?




「紫苑は、何がそんなに怖いんだ?」


「―――っ…!!」




その言葉で、もう駄目だと思った。息を呑んで、顔は青ざめて、全てを見透かされたような心地が、心底悪くて。


今まで、子供の頃から隠し通してきたもの。その全てを、あと一歩踏み込まれたら暴かれそうで、私は反射的に、獅貴の体を押し退けていた。


緩んだ腕が解けた一瞬、獅貴の横を走って通り過ぎる。



「紫苑…!」



けれどすぐに手を掴まれて、でもその力はとても弱い。



「もう、いい。ここでいいから。一人で帰れる」



そう言って掴まれた手を引く。柔く振りほどくと、それはいとも簡単に離された。


半ば早足で路地を駆け抜けて、人通りの多い街中まで入った後、気配の無くなった背後をゆっくりと振り返る。


獅貴の姿は、そこには無かった。