「そうです。さっきのことで確信しました、貴女は彼らの境遇を、全く知らないのではないかと」
「境遇…?」
こくり、と一つ頷いて、彼はまた一口コーヒーを含む。置いたカップの中はユラユラと水面で揺れていて、その動きをなぞるように、彼の瞳も揺れていた。
私に視線を戻した彼は、酷く真剣そうな顔をしている。
「紫苑さん、貴女は"ANARCHY"を知っていますか?」
「っ…!」
―――ANARCHY
それは今まで何度か、彼らの口からも漏れて、そして周囲の雑音からも聞こえていたもの。私も最近、特に気になっていた単語だ。
そして律が獅貴に対して呼んでいた『総長』という言葉の意味も。世の中のことに疎い私でも、何となくの考えはついている。
「…"暴走族"、ですか」
微かに答えた私に、鴻上さんは困ったように微笑んだ。
「知ってたんですね」
「…知ってた、というより、予測です。ANARCHYが何なのかは、本当に知りません。けどその反応だと、当たってたみたいですね」
私も苦笑を返す。どちらも曖昧な微笑を浮かべている所為で、何だかおかしな空気が場を包む。続けた私の答えにも、彼は何とも言えない微笑を向けた。
「…では、ANARCHY自体は良く知らない、と?」
「そう、ですね。
いつも皆と居るのに、情けないですけど…」
唯一とも言える友達は彼らだけだ。彼らが私を友達だと思っているかどうかは置いといて。けれど私は、彼らのことを何も知らない。

