「鴻上、さん?」
「はい、鴻上です」
ふふ、と微笑んだ鴻上さんに理解が全くついていかない。硬そうな革靴は少し汚れていて、それが今の惨状を引き起こしたせいだと直ぐに分かった。
まさか二人の男は、あの鉄みたいな靴で蹴り飛ばされたのだろうか。だとしたらとんでもない激痛だったに違いない。
半ばドン引きで鴻上さんを見つめると、彼はその視線の意味に気付いているのかいないのか、私に一歩近付いて手を差し出してきた。
「"汚物"に触れられて気味が悪かったでしょう。怪我はありませんか?」
「は、はい…」
何故だろうか、さっきから鴻上さんの様子が何だかおかしい。背後に禍々しいオーラを感じるし、何より目が笑っていない。
あの聖人のような純粋な笑顔は何処へ…。
「…それで、紫苑ちゃんはどうしてこんな所に?」
ピクッと肩を揺らす。なるほど彼の怒りの原因はそれか。優しい彼のことだからきっと『女子高生がこんな所歩いちゃ駄目だよ』という意味なのだろうが、勘違いだったらとても恥ずかしい。
若しくは『こんな時間にこんな所歩くってことは、お前さてはビッチだな』と思われているのだろうか。誤解だ、私は処―――いや、この先は言わないでおこう…。
「あの、バイトの、帰りで…」
「バイト?獅貴君のお迎えは?」
やっぱりそこだよなぁ…。普段の私たちの姿を見たら、最早私と獅貴で一つみたいな扱いになっているのだろう。確かに最近は獅貴が居ないと違和感を覚えるようになった。