「施設にいる時は、一人じゃなかった。特に年上のお兄さんなんかは、すごく優しくて面倒見が良くて、頼り甲斐があった。そういう人に、救われてたから」
だから、と言葉を区切ると、流川くんは静かに視線を合わせた。初めて彼と、真正面から堂々と向き合ったかもしれない。
「だから、ありがとう。君みたいな"お兄ちゃん"が居たから、きっとみんな『独り』だって感じなかったんだと思う」
親のいない子供にとって、頼れる家族のような存在がどれだけ救いだったか。
きっと流川くんはみんなの"お兄ちゃん"で、誰より頼れる『大人』だったんだろう。大人を信頼するのは、訳ありの子供たちにとっては難しいことだから。
「………そう、か?」
ぎこちなく笑う彼の表情は、懐かしさと慈愛に満ちて、本当に兄のようだと思った。この笑顔に救われた子達が、確かにいるのだろう。
「…悪かったな、紫苑」
「っ…名前、覚えててくれたんだ」
はにかんで言うと、少し照れくさそうに視線を逸らした流川くんが反論する。
「初めて会った時、名前覚えたっつったろ」
そうだった、と小さく声を上げて笑う。やっぱり彼は、正直で素直な人だ。そして誰よりも優しくて、辛い時期の辛いという感情を、知り尽くしている。
だからこそ、他人を思いやれる。
「…お前、その流川くんっての、やめろよ」
「…え?」
ふいっと顔を逸らした流川くんだが、灰色の髪から覗いた耳が僅かに赤く染まっているのが見えた。まだ、照れているのだろうか。
「律、でいい。お前のこと誤解してた。何も知らないのに馬鹿みてぇなこと言っちまって、ほんと、悪かったな…」

