大好きな恋人と、暇つぶしに物語を作った。
一緒にいた分だけ、いくつも、いくつも…。

なんの他愛もない物語。でも、私はそんな物語が大好きだった。

でも…


「さよなら…」

その彼は私のもとを去った。
苦しくて悲しくて、忘れてしまいたかった。



「それは、いらないのですか?」

道を行く私に突然声を掛けてきたのは、知らない男性だった。

「っ……なんの、こと…??」

泣いていたのがバレたくなくて、急いで平然を装う。

「今あなたが投げ捨てかけた、それですよ。」

私は何も投げようなんてしていない。
何を言っているのかわからない。

「っ…からかっているんですか!?私は今、それどころじゃないんです…!」

「…。」

男性は私をじっと見て言った。

「…それは貴方の思い出ですか。そんなに大切にして…。それを持ったまま、貴方は前に進めますか?」

「だから何のっ…」

言い返そうとしたとき、男性はきっぱりと言った。

「貴方の大切にしているその『物語』、私がお預かりしましょう。」

「…『物語』……?」

男性は、私のそばにあった『何か』をそっと手に取る仕草をした。

「…これで、何かよほどのきっかけが無ければ思い出すことはありません。貴方が少しでも、幸せに進めますよう…。」

男性は、私の目の前から霧のように消えた。

「……あれ…?」

それと同時に、今まで思い出しては悲しんでいた、彼と何をして過ごしていたのかを忘れていた。

晴れた日は一緒に出かけて、それで……

何かすごく、楽しかったことを他にしていたはずなのに…。

「…忘れたほうが……」

今の男性は言っていた。そう、思い出さないほうが前に進めるかもしれない。

私は前を向いて進むの…彼はもう帰ってはこないのだから。

いつか笑って過ごせる日が来たら、思い出すかもしれないけれど…