「馬鹿な政治家」夕方のニュースを見ながら彼女が呟いた。
 黒のぶかぶかのトレーナーに赤いスウェットパンツ蛍光の緑色の靴下、チグハグなコーディネートだ。スマホを片手に持ち足を折り畳み体育座りでテレビを見ているのは私とこのアパートマンションに同棲している彼女、宮下桃子。年齢は私よりひとつ下の24歳。独身。
 私はわざわざそのチグハグを指摘することはしない、家に帰ってきて適当に選んだ部屋着だろう。胸元まである長い黒髮も無造作に巻かれてヘアゴムで縛られている。付き合う前に黒髮の女性がタイプだと伝えた事がある、それを覚えているのかは分からないが付き合ってからはずっと艶やかな黒髮でいる。
 テーブル越しに見る横顔の目はまん丸とぱっちりしていて二重、とても美しい。古風というのか日本人らしい整った顔の女性だ。
 私は無言のままスマホの画面を見ていた。Instagramのタイムラインに乗っている写真をよく観察することもせず高評価を意味するハートのマークのボタンを何度も押していた。何枚かの友人や芸能人の写真に高評価をしてまた顔を上げてテレビを見た。
「不適切な部分があった、差別的な意味はない」
 50代半ばだろうか白髪混じりのおじさんが記者に囲まれながらそう話していた。黒いスーツを着た取材人がテレビ画面の中央に醜く群がり気持が悪い。
 どうやらその白髪交じりの政治家から性差別発言があったらしい。途中からしか見ていないので、いつどの発言が取り上げらているのかは分からないだが確かに性差別に敏感なこの時代に政治家という立場なら気をつけないといけないのに馬鹿で浅はかだなと彼女に共感していた。 
 もう一度スマホに目線を戻すと違うニュースに変わっていた。何年か前にも別の政治家が同性愛には生産性がないと発言して取り上げられいたのを思い出していた。
「パンダかわいい!」
 画面に映る掃除機のCMを見ながら彼女が呟いた。パンダのアニメーションが陽気に動き回る掃除機のCM、なぜパンダなのかは最後まで見ても分からなかったが、しっかりと彼女にかわいいと思わせたのなら広告会社の狙い通りなのだろう。
 彼女はテレビを見ながらひとり言を呟く癖がある。本当は今この2DKのアパートには私と彼女しかいないのだから私が返事をするべきなのだが、付き合って1年と3ヶ月ほど、同棲してから半年ほどになる。
 ながく付き合っていくつもりなら返事をする事はとても大切で、返事をしない事はあまり良くない事と頭では理解していたが彼女がテレビに向かってひとりごとをつぶやくこの光景に慣れてしまっているのだ。
「祐介!今日何食べる?」名指しで質問された。これには返事をしないといけない。
「んーお寿司かな」
 毎週金曜日は外食することが定番となっている。その他の曜日は家で済ますことが多い。私は料理がほとんど出来ないのだが桃子の作る料理はとても栄養のバランスが取れているし味も美味しい。ほとんど毎日作って貰っているので週に一回は外で私がご馳走することでバランスをとっているつもりだ。特に話し合って決めた事ではない、おそらくこのことを伝えたら「気にしなくてもいい」と言ってくれるだろう。だが私自身を納得させる方法がこれなのだ。
 今日は本当は焼肉が食べたかったが彼女が寿司が好きなので寿司に行くことにした。
「お寿司ちょうど食べたかった!」
 1年も一緒にいると何となく分かるものだ。
「よいしょ!」桃子は立ち上がり隣の部屋に向かう。私も仕事から帰ったままだった灰色の作業着を脱ぎ洗濯用の茶色いカゴの中に放り込んだ。流石のUNIQLOのヒートテックも温まりきらないこの部屋に1枚だけでは太刀打ち出来ない、私はすぐに白のニットを着た。桃子は鏡を見ながら私がクリスマスにプレゼントした赤いLouisvuitonのマフラーを巻いて縛っていた長い黒髪を下ろして整えてる。チグハグコーデもオシャレな水玉のワンピースに変わっていた。アウターは何を着ようか一瞬迷ったがクローゼットの1番手前にあったお気に入りの黒のMONCLERのダウンを着て出かけることにした。素早く手に取り着ながら玄関に向かう、1年くらい前に購入したDr.Martensの黒のブーツ、仕事以外はこればかりだ。とても気にってはいるが毎回履いているとダメージも溜まる、そろそろ新しい靴が欲しいな。桃子がニコニコしながら茶色いPコートを羽織りながら歩いて来る。
 Timberlandの茶色いブーツ彼女もこればかり履いている。
「混んでるかな?」
「週末だし混んでるかもね」ドアを捻る。とても冷たい。冷気が漏れ出すが外に出て鍵を閉める。
「さむっ」彼女が右手をこちらに出すので私が左手で握り返す。手の甲が少し冷たいが気にすることも無く歩きだし地下の駐車場に向かう。エレベーターの下方向の矢印ボタンを押すとタイミング良く誰も利用していなかったのか10秒ほどで来たので直ぐに乗り込む。駐車場のあるB1のボタンを押す、相変わらず鉄とかび臭さが漂う、地下に着きエレベーターを降りるとすぐに鉄カビ臭さは無くなった。
 彼女は手を離し私がローンで購入した黒のハリヤーの助手席に向かう、私はポケットの中にある車の鍵のボタンを押し鍵を開けた、彼女は私より先に乗り込みニコッと微笑んだ。スマートキーはポケットの中に入れたまま、ボタンを押しエンジンをかけた。ギアをDに入れ走り出す。私の運転で目的地に向かう。