「ずっと気になってたんだけど、久原さんの下の名前、なんて読むの?」


カバンを机の横にかけながら、城田くんが私に問いかける。


まさかそんな質問されると思わなくて、何も考えてなかったから面白いことは言えそうにない

私の名前、気になってたんだ。ってまた少しドキッとした。


「………あお、です」

「へぇ、そのまま読むんだ」

「うんっ…、あ、でも、変な名前って昔からかわれたからあんまり好きじゃないんだけど」

「…ふうん?」


あっ、しまった、重たい空気になっちゃった、かも。

そんな気はなかったんだけど…!

シンと、静かになった教室。


なんだか居た堪れなくなって、雑巾を持って机拭きを再開する。


「いいと思うけど、“あお”って」

「へっ?」

「綺麗で、可愛いよ」


突然放たれたその言葉に戸惑いながら、返事もできず固まって、雑巾をポトリと床に落とす。

城田くんは一度も振り返らずに席に着くと、本を開いて、読書を始めてしまった。


いま、綺麗って、可愛いって言った……?


確かに城田くんの声で告げられたはずの言葉なのに、あまりにイメージとかけ離れていて、再び聞き間違いじゃないかと自分の耳を疑った。


それからは、一度も言葉は交わさなかった。


私は気を紛らすように教室の掃除をしていたし、城田くんはずっと自分の席に腰を下ろして本を読んでいた。

その本がどんな内容なのか気になって、さっきの城田くんの声が頭の中でずっと鳴り響いていて、掃除に集中なんてできなかったけれど。


初めて話した彼は、思ったよりも優しい声で、まっすぐな瞳で私を見つめていて、うわさ話で聞くよりずっと素敵な人だった