たぶん、ずっと前から私はいらなかった。


これで、もうお母さんに期待せずに済む。

そう思ったら気が楽になった。


だから、コレは悲しくて泣いてるんじゃない。


スンッと鼻をすすってポケットからハンカチを取り出そうとしたとき。



「大丈夫?」


肩にポンッて手が置かれて、弾かれたように振り返る。


私の涙で濡れた顔を見て、みるみる表情が変わっていく城田くんを見て、しまった、と慌てて笑顔を作る

大丈夫、と私が言う前に、城田くんが声をかけてくれた。


「…場所移動しよう。歩ける?」


コクっとうなずく。

私の涙を見た城田くんは立ち上がって、ポケットからティッシュを出して渡してくれる。


その流れがあまりにナチュラルで、気づいたときには受け取っていたティッシュで目元を拭うと、私も立ち上がって歩き出す城田くんの後ろをついていく。


「駅の方面行くけど、平気?」


玄関で靴を履き替えて、校舎を出ると、傘をさしながら城田くんが振り返って聞いてくる。

私は一度頷いてまた笑顔を作った。


きっと、前のことがあるから気遣ってくれたんだ。


「城田くんと一緒だから、大丈夫」


やっぱり優しい。城田くんは。


また前を向いて歩き出した城田くんの背中になるべくくっついて私も後を追いかける。


駅から少し歩いたところにあるカフェに着くと、closeと書かれている札がかかっているのに、城田くんは傘をたたむと傘立てにそれをおいて、扉を開けて入っていく。

チリンチリンッとベルがなる。


えっ、入っちゃっていいの?

驚いている私をよそに、城田くんは柔和な表情を浮かべた


「…あー…、ここ、知り合いの店だから大丈夫」


あ、そ、そうなんだ。


扉を押さえてくれる城田くんに続いて、私も同じように傘をたたんで同じ場所に傘を置くと、中に入る。


アンティーク調の内装で、おしゃれなカフェだった。

お店の名前は“夢幻”と書いてあった。


素敵なカフェ…。



「そこ、座って待ってて。声かけてくるから」


城田くんはそう言い残してカウンターの奥へ姿を消した。