大理石張りの廊下をできるだけ静かに歩きながら、入り口のドアの前に来た。
そうだ、ホテル代って置いていくべきなんだろうか?
でも、ここはもともと男性が泊っていたホテルみたいだし、私が来たことによってホテル代が発生したようには見えない。
ってことは、

「待って」
突然、廊下の先から聞こえてきた声。

しまった。考え事をしているうちに、男性が出てきてしまった。

「お願い、逃げないで」

上半身裸で腰にタオルだけをまいた状態で言われ、私は固まった。
よく考えれば、今なら逃げ出せる。
男性は半裸状態だし、私が逃げても追いかけてくることはできない。
でも、私は動くことができなかった。


「こっちを向いて」
真っすぐ近づいてきた男性が、私の顎に手をかけた。
「キレイだ」
この場には不釣り合いな言葉を放つ男性。

私は身動きできないまま、男性の顔を見返した。
どちらかというと、男性の方が美しく整った顔をしていると思う。
洗いざらしの髪とメガネがなくなったせいで、昨夜とは違ってかなり若い印象。

「着替えたら行くから、下のラウンジで待っていて」
そう言ってサイドボードの上に置いていた携帯を私に握らせた。

「え、でも・・・」
「いいから。そうだ、ここのコピがとっても美味しいから飲んで待っていて」

コピ?
ああ、コーヒーね。

じゃあと、男性はバスルームへ消えていった。