あの後奏多さんは何も言ってこなくて、逆に帰り際山通の専務さんに謝られた。
初めから奏多さんを試したかっただけらしく、ニコニコしながら帰って行かれた。

結局落ち込んだのは私だけか。



定時に会社を出たものの足が重くて、無意識にため息が出た。
こんな日は早く家に帰ってビールでも飲もう。
私にはそのくらいしかストレス発散方法がないから。

「芽衣」

ん?

聞こえてきたのはよく知っている声。
そして、できれば聞きたくなかった声。

「芽衣、無視するなよ」

もう一度呼ばれて仕方なく振り返ると、そこには蓮斗がいた。

「どうしたの?」
偶然であってほしいと思いながら、聞くしかなかった。

「話がしたくて待っていたんだ」

待っていたってことは、勤務先がバレているってこと。

「私には話すことはないけれど」
「俺にはある」

ゆっくりと近づいてきた蓮斗が、私の腕をつかんだ。

「やめて」

恐怖心から腕を引こうとするけれど、がっちりとつかまれていて動きそうもない。

「行こう」

さらに引かれ、歩き出す蓮斗に引きずられる私。

こんな時大きな声を出せればいいけれど、ここが会社の前だからなのか、キレた蓮斗が怖いのか、私は抵抗することができなかった。

ズルズルと引きずられて向かうのは路上に止まった蓮斗の車。
このままでは連れていかれてしまうと覚悟を決めた時、

「待て」

背後から声が聞こえた。