私、何かしたっけ?
平石物産に勤めたのは本当に偶然だったし、シンガポールでも奏多さんの素性は知らなかった。
それに、私が平石物産の社員だって奏多さんは知らないはず。

「何で黙って帰った?」
「えっと、それは、」
シンガポールからって意味かな?

「せめて連絡先くらい残せよ」

「だって、私たちは」
その場限りの関係。
だからこそ思いを残してはいけないと思ったのに。

「俺は、すごく楽しかったし、もう一度会いたかったけれどな」

言外にお前は違うのかと聞かれている気がする。

「もう、会う必要はないと思っていました」
「かわいくないな」

フン、どうせ私はかわいくなんかない。

「じゃあどうして、この車に乗った?」
「それは、奏多さんが強引に」
「本当に嫌なら、さっきの元カレの時みたいに抵抗すればよかっただろう」

ウッ。

「大声を上げてでも、腕を振り払ってでも、芽衣は逃げられたはずだ」
「それは、」
「それをしなかったのは芽衣も俺に会いたかったからだろう?」

私は頭の中で必死に言葉を探した。
自分の気持ちを気づかれず、奏多さんが納得してくれるような都合のいい言葉を。

「いい加減諦めろって。そうやって言い訳を考えている時点で芽衣は俺のことが好きなんだよ」
「・・・意地悪」

ギロッと睨んだ私を、奏多さんが抱きしめた。

「ちょ、ちょっと」
運転手さんが気になって止めようとしたけれど、奏多さんは意地悪く笑うだけで離してはくれなかった。