「実は父がね、HIRAISIに勤めているのよ」
「へえー、そうなんですか」

藍さん自身は遥さんとも奏多さんとも面識はないが、2人のお母様である平石夫人と藍さんのお父さんは古くからの友人らしい。だから、平石家の事情に詳しいんだ。

「まあ、こうして奏多さんが日本に帰ってきたからには色々とうるさく言う人は出てくるでしょうけれど、いつまでもこのままってわけにはいかないんだから潮時だったのよね」
「そう、ですね」

私はシンガポールで見た奏多さんの寂しそうな顔を思い出していた。
本当はまだやりかけの仕事があるのに、帰国命令が出たんだと言っていたのはこういうことだったんだ。

「芽衣ちゃん、体が落ち着いたんなら会場に戻る?この後もまだイベントがあるみたいだし、副社長もいるし」

「いえ、帰ります。すみませんが課長には」
「わかった、うまく言っておくわ。大体自分が飲ませたんだから、課長も何も言わないわよ」
「ありがとうございます」

本当は課長に飲まされたお酒のせいで気分が悪くなったわけではない。
でも、そのことは言えない。
嘘をつくようで申し訳ないなと思いながら、私はパーティー会場を後にした。