まあこれもシンガポールの思い出だな。
窓の外に広がる高層ビルを眺めながら、ふと先ほどこの部屋を出ていった女の子を思い出した。

昨日の夜、なんとなく一人になりたくて飲みに出た。
アメリカもヨーロッパも嫌いではなかったが、ここシンガポールは本当に住みやすかった。
もちろん、世界的な大都会だから生活の不便はないし街はきれいだし、欧米のように人種だ宗教だと主張してくる人が少なくて来るものを拒まず受け入れる風土がある。
それにアジアってことで溶け込みやすくて、気負いなく暮らせる街だった。

なんだか名残惜しいな。
そう思っていると、不意に雨が降り出した。

南国にしては珍しい弱い霧雨。
飲んでいたバーで傘を渡されて、それを借りてホテルに向かうことにした。


ん?
帰る途中、傘もささずに歩く女性が目に留まった。

いかにも観光客風の若い女性。
着ている服や髪型からおそらく日本人だろう。

時刻は夜の十一時過ぎ。
いくらシンガポールの治安がいいと言っても不用心すぎる。
間違ってもナンパするつもりはないし、ナンパなんてしたこともない。
でも、彼女の背中がすごく寂しそうでつい傘をさしかけてしまった。