「もしもし」
「もしもし芽衣、あなたどこにいるの?」
「えっと・・・」

困ったなあ。
母さんはどこまで知っているんだろう?

「母さん、あのね」
「勤めていた会社を辞めたの?」
「ぅ、うん」
「荷物を送っても戻ってくるし、あなたは電話に出ないし、心配になって会社に電話したら辞めたって言うじゃない」

ああ、会社って三ツ星のことかあ。
そう言えば、父さんにも母さんにも何も話していなかった。

「ごめんね。事情があって辞めたの。アパートも引っ越しして新しい仕事を探したんだけれど、うまくいかなくて」
「そんなことならさっさと帰ってきなさい」

そうだよね。
初めからそうすればよかった。

「こっちで片付けたい用事もあるし会っておきたい友達もいるから、あと二週間くらいで帰るわ。詳しい事情はその時話すから」
「そう、じゃあ待っているから」
「うん」

こんなことになってから母さんを頼るようで申し訳ないけれど、今の私には実家に帰ってやり直すしか方法がない。

「ごめんね。母さん」
「バカね。いいから早く帰ってきなさい」

母さんのことだから何か気が付いたのかもしれない。
それでも何も言わず電話を切ってくれたことがありがたい。


トントン。

「芽衣ちゃん?」
廊下から琴子さんの声がした。


「はい」

ドアを開けると帰り支度をして鞄を持った琴子さんがいた。

「これで私は帰るわ。また明日様子を見に来るから」
「ありがとうございます。でも、私は大丈夫ですから」
「いいのよ。私が気になるだけだから」

きっと琴子さんだって忙しいだろうに、私にばかり時間を使わせては申し訳ない。
その後も「私は大丈夫ですから」と繰り返したけれど、琴子さんは「また来るわ」と帰っていった。