あのころの私は蓮斗と別れる日が来るとは思ってもいなかった。
だからと言って結婚を急ぐつもりもなくて、いつまでもこの関係が続けばいいなと漠然と思っていた。

結婚して子供を持ったら専業主婦にとは思っていたけれど、結婚自体にこだわりはない。
そもそも看護師の母さんに「一人で生きれる人間になりなさい」と育てられたから、私自身自立した女性を目指した。


春。
私たちは新社会人となった。

語学堪能で秘書検定も持っているとはいえ、新入社員となれば覚えることは山ほどある。
毎日のように先輩に叱られたり失敗して落ち込んだりで、一日一日を過ごすのが精一杯。
正直言って蓮斗と会う余裕がなくなった。
それなのに、蓮斗の生活はまったく変わらない。
毎日のように「飲みに行こう」「泊りに来い」と誘われ、仕事で断ることが増えた私との間で喧嘩が増えた。

それでも、四月、五月は何とかごまかし、日々かかってくる電話に「ごめんね」と言いながら週末を2人で過ごした。

そんな蓮斗の様子がおかしくなったのは六月に入った頃。
それまで頻繁にあった電話やメールがこなくなった。
初めは蓮斗も仕事が忙しくなったのかなって気に留めていなかったけれど、そのうちに周囲から嫌なうわさが聞こえてきた。

「蓮斗って大会社の社長の息子らしいわよ。いいわよねえ、遊んでいていいところに就職して、将来だって保証されているんだから」
「だからって、あいつはサイテー。親の金で遊び歩いて、彼女がいるのに何人ものガールフレンドがいるって噂よ。本当に女の敵だわ」
「でも、蓮斗と同じところに就職した子の話では全然仕事をしないんですって。二、三年したら親の会社に帰るんだからってやる気がなくて、使い物にならないって言われているらしいわ」

どれもこれも初めて聞く話で驚いた半面、なんとなく納得もできた。
今まで不思議に思いながら自分で蓋をしてきたことが腑に落ちた。