一章 ユメ
----真っ暗な団地----
夢を見ている。私はすぐに悟った。
また同じだ、展開も結末もわかっている。

真っ直ぐに伸びたコンクリート剥き出しの廊下
不規則に光る蛍光灯の下を私は悠々と歩く。

やっぱり。今日も角から2つ目の部屋の中へ

いつもそうだ。
私の夢なのに決して私が主人公ではない。
まるで誰かの記憶の一部を体験しているようだ。

"一体何の影響でこんなにも妙な夢を
見るようになったのか、、、。"

この夢では、私は意識があるだけ。
つまり本当に見ているだけだ。

ただ、、、分かっているのは

"狂っている女"の目を通し見えていること。

そろそろと部屋に近くなる私は
さっき捕まえたばかりの腕に抱えている女の子を
丁寧に降ろし、力いっぱい引きずると
ドアノブを掴み嬉しそうに開けた。

薄暗い部屋の中は梅雨の湿気と蒸し暑さ
腐敗臭とむせかえる鉄の匂いが押し寄せた。

引きずり込まれた女の子は一瞬で固まる。
すぐに目が離せなくなっていた。

背骨からパッキリと折り畳まれ変わり果てた
親友がそこにはいるからだ。

泣き叫ぶ事すらできない彼女を見て嬉しかった。
私はニンマリ笑いかける。ゆっくりと手を伸ばす。

そう''狂っている女"は、彼女達を
殺したくて。殺したくて。痛めつけたくて。
堪らないのだ。そしてようやく1人殺した。

"いつもごめんなさい。私の夢なのに。
あなたのお友達助けてあげられなくて"

心でしか思う通りになれないもどかしさで
いっぱいなった。この僅かな何秒の間にも
どんどん展開され進んでいく。

弱い光と共に勢いよく玄関がひらかれる。

"やっと来た"

この警察官2人が突入して来てくれるのを
ずっと待っていた。夢であれ希望の星だ。
警察と言うのは安心感がある。
 
"そこを絶対に動くな!
少しでも可笑しな動きをしたら撃つからな。"

私は警察官を嘲笑うようにスルリと廊下へ
向かっていた。迫り来る銃弾よりも速く。
まるで、忍者のような身のこなしだ。

エレベーターまであと少し。

ふふ。あっさり逃げられる理由がわかった。

ピアノ線か。

十分に私の首を落とせるようわざとここまで
全力で走らされている。

ああ。死んでも私を逃すまいと彼女らが仕掛けた
最後のトラップでさえ、綺麗に突破してみせた。

そのまま夜の中へ。間一髪逃げ切れた。
私はわくわくしていた。
また彼女に会いに行こうと決めていたからだ。

''次はどんな姿であえるかな?ふふ。
また殺しそびれちゃった。またね**ちゃん"

心臓の嫌な速さで目が覚めた。
まだ1時間程度しか寝れていない。
妙な夢だった、映画一本見た様な気分だ。
重く痛くなった身体を起こし階段を降りる。

"紗南?起きたの〜?" 台所から安心する母の声

うん。気がついたら寝れてたよ、おはよう

ぼーっとする頭で何とか話してるが、
本当は夢が頭から離れない。つい考えてしまう。 

私はここ最近同じ夢を繰り返し見るせいで
不眠症だ、まだ深刻なレベルでは無いと自分では
信じているが、気持ち良く布団には入れない。

だが、学校の準備や朝食を食べればそんな夢の事も
気にもしなくなるし、見た事も薄れていく。

時間の流れより早く済ませなければならない事が
あるのは大人だけとは限らない。
学生にも山程あるのだ。

そして毎日朝が来て、やがて夜が来るように
夢を見る事も当たり前の事だと、この時はまだ
深く考えないように無意識のうちに自分自身に
そう強く思い込ませていたのかもしれない。

"いってきまーす" ベランダの母に声を届けると
何も疑わず私は家を後にした。